本を知る。本で知る。

「自分で判断する力」を身につけるには?

 忙しない現代を生きる上で、自分の心をコントロールするだけでも大変なことです。
 どんな風に考えたら、もっと楽に生きることができるのか。
 どんな風に振る舞えば、もっと自分らしく日々をおくることができるのか。

 八洲(やしま)学園大学国際高等学校の校長、八洲学園大学の教授、そして僧侶でもある岩井貴生さんが執筆した『楽になる禅のおクスリ』(主婦の友社(発売)/ 主婦の友インフォス情報社(発行))は、禅の考え方を通して、悩んでいる人たちへの“おクスリ”を処方する一冊。
 今回は新刊JPは岩井さんをお招きし、本書についてお話をうかがいました。その後編をお伝えします。
 自分の力で判断する力。それを身につけるにはどうすればいいのでしょうか?
(新刊JP編集部)

■現代を生きるための「自分で判断する力」を身につけるには?

――では、そもそも「禅」とは一体なのでしょうか。

岩井さん(以下敬称略):禅とは「己事究明」です。わかりやすく言えば、「自分は何のために生まれてきたのか」「自分の存在とは何か」ということ、つまり「実存」を究明することです。これは他人とは共有できない、普遍的にはならない自分だけの答えです。

自分以外の外の世界や人に頼らない「自己確立」した人間性を体得すことを、禅では重んじます。こう言うと、禅寺にも本尊や仏像があって、それらを拝むのは矛盾しているのではないかと思われるかもしれません。しかし、禅宗はお釈迦様と同じ人間性が自分にもあることに気がつく教えですから、お寺にある本尊や仏像を拝む行為は、本来あるべき自分自身の姿を拝むことなんですね。

禅宗は仏心宗とも言われ、仏の心の教えをそのまま実行することを重んじます。ですから、禅は、本当は仏教というよりも仏道という方が正確なのだと思います。

――岩井さんが師匠から問いかけられた「禅問答」も、自分なりの答えを探すためのものなのですか。

岩井:そうですね。禅問答に対する答えは一つではありません。また、老師と雲水(修行僧)の波動が合う、そのときのタイミングによっても変わります。AさんとBさんの答えが同じであっても、Aさんの方が老師との波動があっていて、Bさんがあっていないとき、Aさんの答えは正しく、Bさんの答えは間違えているというケースも出てきます。

ただ、やはり大事なのは、普遍的にならない自分だけの答え、誰とも共有することができない自分だけの答えを探ることです。例えば「痛み」は、誰かに分けることも譲ることもできない。解決できるのは自分だけです。まさに「己事究明」ですね。

――私が本書で最も響いた箇所が「自分で判断することの大切さ」です。実は自分自身の責任で判断できる人は少ないのではないかと思うのですが、判断するときに何を基準にすればいいのでしょうか。もちろん、そのときのケースによるとは思いますが。

岩井:判断基準は「どれだけ自分自身を信用できるか」ということに尽きるのではないでしょうか。自信とは、一言でいえば「肚の坐り具合」、つまり「覚悟」ですね。これは自分自身を信用できなければなかなかできないことです。

多くの人は何かを判断するとき、人のアドバイスだったり、周りからの評価だったりが基準になっているように思います。何かを判断する時に、人や周りの環境に頼るのは楽ですし、いざという時に責任転嫁できますから、便利です。皆さんの職場を見ても、自分の意見を言わずに、現状の報告だけだったり、すぐに上司に答えを丸投げする人が多いのではないでしょうか。そういった人たちの口癖は「私には権限がないから」といった言い訳です。

仕事のできる人は、しっかりと「自分はこのように思います。その理由はこうだからです。どうでしょうか」といったシナリオを「松・竹・梅」の3つのレベルで用意して聞きます。
しかし、自分の意見をロジカルに主張できない人は、上司のせい、会社のせい、親のせい、学校のせい、先生のせい、世の中のせい…といったように人のせいにして生きています。

自分で判断・決断しなければ、そこには負う責任はありません。責任がないのは楽ですが、そうしたライフスタイルに慣れてしまうと、いざ自分で判断しなければならない時に何も自分で決めることができなく、動揺してしまいます。

――確かにおっしゃる通りです。

岩井:仕事でもプライベートでも毎日の生活の中で、自分で決断しなければならない場面はたくさんあります。もちろんいつも自分の決断が正しいことはあり得なく、時には間違うこともあります。それはそれでよいのです。大切なことは、過ちを犯さないことではなくて、過ちを犯した後にどのように対処し、状況を改善していくかということです。これは覚悟というか肚の坐り具合一つでできることです。禅はそうした覚悟の重要さを教えてくれます。

自分の人生上の問題であればなおさらです。先ほども申し上げたように、禅は「己事究明」です。すべては自分の責任もとで普遍的にはならない自分だけの答えを探して毎日を生きるので、他人はそこに入り込む余地はありません。周囲は文句も言えませんし、自分のために自分で決断すれば、そこには後悔も存在しません。そういう意味で、自分で決断することは大切だと思います。

――本書を執筆する上で気を付けたことはありますか?

岩井:なるべく一般の人と同じ目線で書くことを心がけました。

有名寺院の住職が書かれた本はたくさんありますが、専業僧侶たちは満員電車で朝夕通勤しませんし、会社や取引先での人間関係の難しさも経験していないことが多いでしょう。もちろん在家社会を超越した高僧たちからのご高説は、とても説得力がありますし、為になる話もたくさんあります。

しかし、一般の人はもっと自分たちの生活に直接関連した禅の話というか、自分が抱えている日常の苦しみを解決する具体的な手段を求めていると思うのです。ですから禅の教えが単に精神論ではなく、実生活にもしっかりと活きて苦しみを取り払える実践的なものであるということを伝えようと心掛けました。

――本書をどのような方に読んでほしいとお考えですか?

岩井:「禅」の本は、ご高齢の方が読む傾向にありますが、本書はむしろ働き盛りの人や、今人生真っ只中で、悩みを多く抱えている方に是非読んでもらいたいです。苦しくて辛い自分の人生を、本書を通じて少しでも改善してもらえればうれしいです。

また指導者や管理職、そして先生や保護者の人々に読んでもらいたいですね。そして本書で紹介している楽になる方法を困っている人とシェアしてもらって、一人でも多くの人々が幸せに近づくことを願っています。

「禅」は、どうしようもないときにどうすればいいのかということを教えてくれるものです。最近のデータでは、うつ病にかかっている社会人が100万人以上いるといわれていますし、全国の学校では5000人以上の教師が精神疾患で休職している状態です。子どもたちに生きる力を教えている先生たちが生きる力をなくしている。こんな状況を見てみると、いかに現代人が苦しみを解決する方法を持っていないかが分かるはずです。

この本には、そういった方々に向けて、ちょっと考え方を変えるテクニックや視点の変え方を書いているのでぜひ、読んでほしいですね。

――では最後に、読者の皆様にメッセージをお願いします。

岩井:本書は、禅の教えから「生きるための処世術」を取り出して、「宗教」臭くないかたちで少しでも多くの人にわかりやすく伝えたいようと心掛けました。この本には、迷い、苦しみ、憎しみも静かにどんどん遠ざかっていくような心の在り方のヒントがたくさん紹介されています。本のタイトル『楽になる禅のおクスリ-人生の流れを変える処方箋』としたのも、皆さんの苦しみが本書を読んで少しでも軽減されればという願いがあったからです。禅の智慧をぜひ皆さんにお届けできたらうれしい限りです。

(了)

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『楽になる禅のおクスリ』著者の岩井貴生さん

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