エステサロン大手「たかの友梨ビューティクリニック」を経営している「不二ビューティ」の社員が、同社による「違法な残業代減額や制服代の天引きなど」を労働基準監督署にユニオンを通じて申告し、是正を勧告された件が記憶に新しいが、今日本では労使紛争が絶えず、各都道府県労働局や労働基準監督署内などに設置されている総合労働相談コーナーへの相談件数は、依然として100万件を超えている。
労働者と経営者の関係が悪くなる原因の一つとして、欠かせないのが「就業規則」だ。長年、経営者をはじめとする会社側が従業員に押しつける形が主だった就業規則だが、これでは労働者側が不満を持ちやすく、労使関係はぎくしゃくしたものになりやすい。
この方法を改め、労使間でコミュニケーションを取ることで、双方が納得する就業規則作りを提唱するのが『労使共働で納得できるWG式就業規則づくり』(経営書院/刊)の著者で、社会保険労務士の望月建吾さんだ。
労使双方が納得できる就業規則作りとは、一体どのようなものなのか。望月さんにお話を聞いた。その後編をお送りする。
――「会社」と「従業員」では、利害が対立してしまうこともあるはずです。そんな両者が就業規則を作るために対話するとなると、かなり紛糾することもあるのではないかと思うのですが、そうなってしまった時の対処法を教えていただきたいです。
望月:紛糾した時の対処法のお話をする前に、そもそも「会社」と「従業員」、すなわち労使は本当に対立関係にあるものなのでしょうか?
私は、労使紛争を専門にしている弁護士うや社労士の先生方のうちほんの一部の方々や、一部のマスメディアが、あたかも労使は対立しているかのようなイメージを作っているだけだという気がしています。
もちろん、全国に150万社もの法人があるわけですから、最近の各種報道にあるような悪辣な経営者もいるにはいるでしょう。でも、それはごく一部であって、多くはできれば従業員さんたちの労働条件ももっと良くてあげたい(けどなかなかできなくて申し訳ない)と考えている善良な経営者の方々ではないでしょうか。ただ、労使の「コミュニケーション不全」がある感は否めないと思います。
その典型を既存の“押し付け就業規則”のパターンからお話します。
会社側が、社労士など専門家の先生にひな形を出してもらって、就業規則を経営者や人事担当者など会社側だけで何となく作ります。それをもとに、「就業規則説明会」を開くわけですが、就業規則そのものはその場で配られるか直前に配らるなどして“読んでおいてね”といった具合です。
そして説明会の場で、社長さんや人事部長さんなどが出てきて“当社は「人財」を大切にしている会社だ。”とか“この就業規則は「君たちのための」規則だ。”というような、実体のない奇麗ごと(キラキラワード)を言って従業員さんたちを煙に巻こうとする。これが最悪のシナリオです。
――これでは対話にはなっていませんね。
望月:これで紛糾しないはずがありませんよね。たとえ紛糾しなかったとしても、それは労働者側が諦めてしまっただけであって、彼らの不満は溜まったままです。結果として、組織の中で労使紛争の火種がくすぶり続ける。私はそういうのはもう止めましょうと言いたいんです。
まずは、揉めないように労使が「双方向」のコミュニケーションを取って、納得感を得ながら就業規則づくりをすること。それでも揉めてしまうこともあります。だからこそ、WGミーティングでは、そもそも“完璧な結論”を出そうとしないことが大事です。
私は労使を対立するものだとは思いませんが、それでも立場の違う両者が限られた時間内・期限内で“完璧な結論”を出すのは相当難しいことです。これを十分理解していただいた上で、労使双方が「一応の納得感を得られればいいかな」くらいの気持ちで、気楽にに行っていただきたいと思います。
そもそも就業規則は、法改正は言うまでもなく、時代や会社のステージ、従業員さんたちのありようによってどんどん変わっていくべきもので、そういう意味では労使双方で「育てていく」ものだと言えます。だからこそ、就業規則づくりWGでは「一応の納得感」が得られれば十分なのであって、あとはその後運用しながら少しずつ変えていけばいい。そうやってどんどん労使の「双方向」のコミュニケーションを重ねていけば、だんだん完璧に近い就業規則ができあがっていくと思います。
――賃金がなかなか上がらない今、労使双方が納得できる就業規則の形はどう変わっていくのでしょうか。
望月:前述のとおり、経営者の皆様は、基本的には自分の会社の従業員さんたちの賃金を(できれば)上げてあげたいと思っている方々で、安く使ってやろうという経営者はほんの一部だと思います。
でも、事実として「ない袖は振れない」んですよ。ここで多くの社長さんは間違いを犯してしまうんです。
どういうことかというと、さっきも少しお話しましたが、従業員さんたちに対して“人財”“夢と絆”“仕事はお金のためじゃない”といった“キラキラワード”に逃避してしまう傾向が少なくありません。申し訳なさをこうした歯の浮くような美辞麗句を並べたててごまかそうとする方がいっらっしゃいます。これは絶対にやめたほうがいい。
私も経営者なので、そういうことを言いたい社長さん方の気持ちがよくわかります。賃金を上げてあげたいけどない袖は振れないという申し訳なさや恥ずかしさ、辛さが“キラキラワード”には込められているわけで、それはそうした一部の社長さんたちとっては偽らざる真実でもあるんです。
――キラキラワードで少なくとも事態が好転することはないですものね。
望月:そうなんです。キラキラワードを言ってみたところで、ない袖が振れるようになるわけではないですし、従業員さんたちからしたらこうしたごまかしの言葉は何の意味も持たないどころかかえって負の感情も産みやすい。
じゃあどうするかとなった時に、私は社労士として「ない袖を振れる」ようにするまでが自分の役割だと思っています。お給料を上げてあげるための「原資」を作る方法を経営者の方と一緒に考えて「実行」していくんです。
やり方はいろいろあって、売上にシフトする方法もありますし、生産性にシフトする方法もあります。私は「人の専門家」なので、人と組織の生産性を高める仕組み作りを、会社や経営者の方と一緒にやっていくわけです。生産性が上がれば売上げも利益率も上がりますから、従業員さんの給料を上げるための「原資」が生まれます。
こうした、生産性を上げる取り組みというのは、多くの会社に必要で、その発射台として、WGによる就業規則づくりは最適なんです。それまで労使間の「双方向」のコミュニケーションがなかった会社が、いきなり「残業をゼロにして生産性を上げよう」というのはハードルが高いので、まずは就業規則のところから、労使間の「双方向」のコミュニケーションを練習しましょうということですね。
――最後になりますが、読者の方々に向けてメッセージをお願いできればと思います。
望月:労使が「双方向」のコミュニュケーションで、納得感を得ながら、就業規則づくりをしていきたいと考えているような経営者の皆様、人事部門の担当者の皆様、また、会社にそういう就業規則づくりをしてもらいたいと思っている従業員の皆様に、ぜひこの本をお手に取っていただきたいと思います。
(新刊JP編集部)
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