出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
第58回となる今回は、デビュー作「べしみ」を含む連作短編集『甘いお菓子は食べません』(新潮社/刊)を刊行した、田中兆子さんが登場!
結婚、セックス、夫婦関係などなど、様々なことに悩み、苦しみながら生きる40代の女性たちを、時に哀しく、時にコミカルに描いたこの短編集は、女性なら誰でも他人事とは思えないはず。
今回は執筆時のエピソードや、込められた思いなど、この作品の裏側について語っていただきました。
■『甘いお菓子は食べません』に込められた意味
―いきなりですが『甘いお菓子は食べません』とはおもしろいタイトルですね。
田中:ありがとうございます。本の中の作品のどれかの名前を取って全体のタイトルにするというやり方もあるのでしょうが、そうではなく収録されている作品すべてに通底するタイトルをつけたかったんです。それでアイデアを出そうと各作品の共通点を探していたら、どの作品にも主人公がお菓子を食べている場面がないことに気がついたんです。
―言われてみると、確かにそうですね。
田中:お酒を飲む場面はあるんですけど、お菓子を食べる場面はないんですよ。それは単純に発見で、このことをタイトルにしてみたら、読み手の方々に色々な意味を持たせられるのではないかと思いました。
「甘いお菓子は食べません」というと、文字通りの意味にも取れますし、「“いつまでも若々しく”などという甘い言葉には騙されない」という意味にも読めます。また、「甘いお菓子を好むのは女性」という価値観を踏まえたうえで、「そういうものではないですよ」というニュアンスもありますよね。
―心理描写や、主人公が内省する描写が多く、どれもとても切実だと思いました。この本で書かれている女性ならではの悩みや問題は、田中さんご自身のものとも重なるところがあるのでしょうか。
田中:おそらく無意識の中には入っているんだと思いますが、それをそのまま作品にしたわけではありません。
この短編集には、結婚やセックス、出産などさまざまなことで悩む女性たちが出てくるのですが、どれも女性にとっては普遍的で切実な悩みです。こういった悩みによって追い込まれた精神状態に置かれた人はどう考えるのかということを、登場人物たちでシミュレーションする感じで書きました。
―『甘いお菓子は食べません』は、田中さんのデビュー作である「べしみ」だけがある状態に、他の作品を加えていくことでできあがったということですが、書いていてどんなところに難しさを感じましたか?
田中:短編集を作るにあたって「べしみ」を最初には持ってこないということだけは決めていました。結局最後に置いたのですが、そこまで辿りつけるのかな、という不安はありましたね。
―それぞれの作品同士で少しずつ接点がありますよね。それが最後の「べしみ」までうまくつながるのかという。
田中:そうです。そういう不安がありましたし、一つひとつの短編はどれも非常に苦労したのですが、今振り返ると「この作品で出てきたこの人を、こっちの作品では主人公にしよう」とか、作品同士をうまくつなげていくのはすごく楽しかったです。
―「べしみ」は悲しくもどこか滑稽ですよね。主人公の女性器に奇妙な異変が起こるわけですが、その異変に驚くと同時に「起こってしまったことは仕方ない」と切り替えてしまうたくましさが可笑しかったです。
田中:これが20歳くらいの女性だったらものすごいショックを受けると思うんですけど、この主人公は40代ですからね、年齢を経た女性のたくましさというか(笑)。
―同じく年齢を重ねていても、男性ではこうはいかないのでしょうね。
田中:たとえばEDになった時ですよね。「べしみ」のように女性器に異変が起こるというのは、男性に置き換えるならEDになるようなものか、と人に聞いたことがあるのですが、その人いわく、男性がEDになるというのはそれどころではなく、もっと一大事だということでした。
「性」というものへの関わり方は、男性と女性でまったく違うんだなと思いましたね。「べしみ」の主人公のように、気持ちを切り替えられてしまうというのは女性ならではかもしれません。
―アルコール依存症の妻とその家族を描いた「残欠」もすばらしかったです。これは、かなり調べてから書かれたようですね。
田中:そうですね、文献も読むのもそうですけど、アルコール依存症の方々のグループにお邪魔してお話を聞いたり、ということもしました。
それと、私自身はアルコール依存症ではないのですが、お酒は大好きで、ちょっと若い頃にものすごく飲んで記憶がなくなったことがあったんです。そういうこともあって、アルコール依存症についての興味だとか、他人事じゃないなという気持ちは以前からありました。
―アルコール依存症患者である主人公の心理が怖いほどリアルでした。彼女はアルコールを求めてしまう自分を極度に恐れているわけですが、そうやって「自分以外の何か」ではなく、「自分の中にある何か」に怯えて生活するのは精神的にものすごく辛いんだろうなと。
田中:一番辛いのは、一生抱えていかないといけないことですよね。完治というのはないので。
やはり物語なので、どこかで結末を作らないといけないのですが、主人公の内面の戦いは一生続きます。その部分はちゃんと書かないといけないとは思っていました。
―また、主人公の夫のようなキャラクターは現代の男性に多いような気がします。非常に淡々としていて、困った時は助けてくれるけども本音を決して見せない。
田中:人間的には非常に優しいんですよね。だけど、その優しさの方向が奥さん(主人公)にうまく伝わらない。「残欠」では、こんな夫婦が人間関係の一つの殻を破るまでを書きました。
第二回「小説演習」で最低点をつけられた大学時代 につづく
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