読むべき本、見逃していない?

最新の研究成果を網羅した天才の決定版評伝

  • 書名 レオナルド・ダ・ヴィンチ
  • 監修・編集・著者名ウォルター・アイザックソン 著、土方奈美 訳
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2019年3月30日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数四六判・389ページ
  • ISBN9784163909998
  • 備考上下2冊刊

 上下合わせて700ページを超える大著だが、随所に大型のカラー図版が入っていて読者を飽きさせない。レオナルド・ダ・ヴィンチといえばパリ・ルーブル美術館の「モナリザ」やイタリア・ミラノの修道院にある「最後の晩餐」が世界的に有名で、それを見るためにフランスやイタリアに行く日本人観光客も少なくない。本書『レオナルド・ダ・ヴィンチ』(文藝春秋)は天才が残した7200ページにおよぶ手稿を丁寧に読み込んで、その実像に迫ろうとする試みだ。原著は2017年にアメリカで刊行され、ベストセラーになっている。

 レオナルドの手稿というと、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツ氏をはじめ、多くの著名人が収集に熱を上げている。手稿の一部は日本でも何度か展示されているため、人体の精密な解剖図や人力飛行機、当時の最新の兵器の構想図などを目にした人も少なくないだろう。

レオナルドの手稿7200頁を読み込む

 レオナルドはモナリザなどルネサンス期の代表作とされる名画を残したが、専門家の間で彼の真作とされているのはわずか10数点で、それも多くが未完のままだ。手稿は紙にペンで描かれたもので、精密なイラストやスケッチだけでなく、紙のいたるところに多くの書き込みがある。筆者によると当時、紙はきわめて貴重だったので、イラストやメモを書きつけたあと、余白にメモや図を書き足したものが多いという。しかも、ごく特殊なケース以外、ほとんど日付が記されていないので、手稿が書かれた時期を特定するのにも大きな困難がある。膨大な手稿は散逸してしまったものも多く、現存しているのは全体の4分の1程度と考えられている。それでも大変な分量だ。

『スティーブ・ジョブズ』を手掛けた作者

 筆者のアイザックソン氏はアメリカの伝記作家。雑誌「TIME」編集長などを経てアメリカの政治家ベンジャミン・フランクリンや天才物理学者アインシュタイン、アップル創業者のスティーブ・ジョブズの評伝などを手がけている。インタビュー嫌いだったジョブスには本人から評伝執筆を依頼され、死の直後に『スティーブ・ジョブズⅠⅡ』を出版、日本を含め、世界的なベストセラーになった。徹底的な調査や掘り下げた分析に評価が高く、当代最高の伝記作家とされている。本書の調査も徹底していて、分散しているレオナルドの手稿を見るために世界各地を飛び歩き、各国にいるレオナルドの専門家の協力を得て、解読を進めた。

 レオナルドは1452年にイタリア・フィレンツェ郊外のヴィンチ村に公証人の父の庶子として生まれ、主にフィレンツェやミラノで活躍、その後フランス王の招きでフランスにわたり、1519年にフランス中部で没した。不思議なことに没後500年近くなったここ数年、真作ではないかとされる新たな作品の発見や通説を覆すような研究成果の発表が相次ぎ、それが世界的なニュースとなっている。本書はそうした研究成果についても網羅、研究者の間で論争があるものはそれを丁寧に紹介しているのでわかりやすい。

 レオナルドの手稿を見たことがある人なら、メモを鏡に映さないと読めない鏡文字で書かれていて、それは読まれにくくするためという説明を見たことがあるはずだが、筆者はそれを一蹴する。天才が左利きだったことはよく知られているが、左利きの場合、紙の右から左へ書いていくには鏡文字の方が書きやすいのだという。また、手稿は知識階級が使っていたラテン語ではなく、イタリア語で書かれている。

天才にも意外な弱点があった

 天才は数学や物理学にも強い関心を持っていたが、数学では代数は苦手で、図形中心の幾何の方が得意。手稿の中には4桁の簡単な掛け算で繰り上がりのミスをする初歩的な失敗も見られる。ラテン語についても勉強の跡があり、ラテン語の単語を紙いっぱいに書きつけた手稿も見つかっている。天才は庶子だったため、父の職業である公証人は継がず、そのため当時のラテン語学校には通わなかった。筆者はむしろそれが、天才の才能を大きく開花させるのに役立ったと考えているが、われわれ凡人から見ると、天才が数学や語学に苦労していたと知るのはほほえましく思える。

 ただ天才の天才たるゆえんはその並外れた集中力で、人体の絵画表現に生かすため、自ら行った死体解剖は全部で30体ほど。全身や顔の筋肉、臓器の様子など手稿には解剖図が多くある。解剖は病院で行われたが、冷房もなく、ホルマリンなど腐敗を止める効果的な手段もないなか、解剖は腐敗の進行との闘いだったようだ。腐臭の中での解剖を想像すると、人体の仕組みの追究にかける天才の執念の強さがうかがえる。解剖の成果はモナリザの永遠の微笑を表現する唇の筋肉の動きなどにそのまま生かされた。

 レオナルドはルネサンス絵画や彫刻に出てくるような美麗な容姿で、人柄も穏健で、人付き合いもよく、依頼主からの注文に間に合わなかったり、仕事をなかなか引き受けなかったりすることを除いては多くの人から愛された。これと正反対だったのが20歳以上年下の天才彫刻家ミケランジェロで、二人は明らかに不仲で、手稿にはミケランジェロへの悪口も書きつけられているという。ともにルネサンス期の大天才だが、互いを認め合うということにはならなかった。

 本書にはレオナルドに関するさまざまなエピソードが豊富に紹介されていて、レオナルドファンにはたまらない一冊だ。天才が生涯、結婚せず、周囲に常に若い美少年がいたことは知られているが、そうした男色趣味についても詳しく紹介している。

同時代の外交官マキャベリとも親交

 評者もレオナルドファンで、天才についてはある程度知っているつもりだったが、同時代のフィレンツェの外交官マキャベリと親交を結んでいたことは知らなかった。本書には随所にイタリアルネサンスの立役者ともいえる人物が生き生きと登場し、読んでいて楽しい。

 とにかく、筆者の文献の渉猟ぶりには驚かされる。死後、500年も経過してこうした詳密な評伝が出ることには天才も驚くのではないか。それだけレオナルドにはどの時代の人も引き付けてやまない大きな魅力があるのだろう。訳文はこなれていて非常に読みやすい。訳者あとがきで知ったが、本書はすでに映画化の計画が進んでいるという。レオナルドを演じるのは人気俳優のレオナルド・ディカプリオ氏。このレオナルドという名前は母親がフィレンツェにあるウフィツィ美術館で天才の作品を鑑賞しているとき、赤ちゃんがおなかを蹴ったからだという。命名の由来になった人物を演じるのだから、さぞや気合が入ることだろう。今から作品を見るのが楽しみだ。

BOOKウォッチ編集部 レオナルド)

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