あさのあつこさんの『I love letter』(文春文庫)を読み、考えた。最後に手紙を書いたのはいつ、誰に宛ててだったか。スマホを使わず、あえて手紙を書いたのはどうしてか......。最近は手紙を書くことも受けとることも稀になったが、人とのつながり方として、手紙という方法もあったなと思い出す。
17歳のぼく(岳彦)はこの半年近く、トイレと風呂以外、ほとんど部屋から出なかった。ぼくは、いわゆる引きこもりだ。明確な原因はない。強いて挙げれば「他人より少し、疲れやすい性質」なのかもしれない。
「ともかく、ぼくは部屋に引きこもるようになった。一人でベッドに寝転んでいると、時間も、日付も、季節も朧になる。ロープが解けていく。あぁ、ささやかな快感がぼくの中に宿る。ぼくを満たしていく。指の先に温みが訪れ、血の流れる音を聞く」
そんな日々が半年ほど続いた。「ぼくの中で春が長けて、筋肉も関節も頭の中も柔らかく動き始めたころ」という絶妙なタイミングで、ぼくは30歳の叔母・むぅちゃんから会社勤めを勧められる。「岳ちゃん、もう、這い出て来てもいいかもよ。冬眠はそろそろ終わりじゃない」。
ぼくは高校を退学し、むぅちゃんが経営する文通会社「ILL」(I love letterの略)で働くことにする。
むぅちゃんの文通会社「ILL」のシステムが詳細に記されている。
・会員制。年会費を納め、会員は自分のペースで社員宛に手紙を書いて出す。
・内容が架空でも、ペンネームでも可だが、姓と住所は本物を明記。
・返事は、だいたい会社到着後五日から六日の内に届く。
ぼくとむぅちゃんの他にスタッフは二人。ほぼ毎日、六十通を超える手紙が送られてきて、四人で手分けして返事を書く。手紙をきっちり読みこんで、きっちり返事を書かなければならない。忙しく、難しい仕事だ。
本書は、手紙をモチーフにした6話――「I love letter」「さよなら、ママ」「おさななじみ」「こいぶみ」「猫が鳴いている」「Love letterの降る夜に」――から成る連作短篇集。温かい、切ないといったタイプの物語かと思って読みはじめたが、予想に反してミステリー色が濃かった。
「わたしは夫を殺しました」
「ぼくはママをころそうと思います」
「お願いだ、彼女をそしてぼくを助けてくれ」
「わたしにラブレターをちょうだい」
会員から送られてくるのは、ワケありな手紙ばかり。文章から浮かび上がる送り主に、ぼくとむぅちゃんは真摯に向き合い、時には直接会いに行く。
「手紙って日記みたいに自分だけの記録じゃないし、不特定多数の人に向けるものでもない。相手を意識しながら、すごく個人的なものだよね。自分の内側を覗きながら、他人に向かって少しだけ開いているって感じでしょ。そこが、すごく好きって人、意外に多いよ」
むぅちゃんのこのセリフに、自分も手紙が好きだなと気づかされる。
「ぼくは多分、他人よりずっとずっと歩みが遅いのだと思います。これからもゆっくり歩いていくしかないと思います」
引きこもりだったぼくが、自分のことを自分の言葉で表現できるようになっていく。「歩みが遅い」ぼくの変化に注目だ。
著者のあさのあつこさんは、1954年岡山県生まれ。青山学院大学文学部卒業。小学校講師を経て、91年作家デビュー。児童文学からヤングアダルト、一般小説でもミステリー、SF、時代小説など、ジャンルを超えて活躍している。著書に『バッテリー』シリーズ、『たまゆら』など多数。本書は2016年に単行本として刊行され、今年(2019年)文庫化されたもの。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?