あなたは、何度読むことになるだろうか? ポプラ社ホームページは、虻川枕さんの『パドルの子』(ポプラ文庫)について「二度読み必至!」と紹介している。本書に張り巡らされた数々の伏線を消化しきれず、評者は数度読み返した。
「今日は注意深く過ごしてね。ささいな違和感も、見過ごさないこと」――。本書をこれから読もうとしている方、ぜひともこのセリフを念頭に置いてページをめくっていただきたい。
中学二年生のぼく(水野)は、旧校舎屋上の扉の手前にある踊り場を<別荘>と名付けた。旧校舎は夏休みに取り壊されることが決まっているが、ぼくはこの秘密の場所を昼休みの隠れ家にしている。
ある日、ザッパーンと、水面を叩くような音が屋上から聞こえてきた。扉を開けると、学校一の美少女・水原が、屋上に広がる大きな水たまりの中でバタフライをしていた。
「何してるの?」と尋ねるぼくに、「パドル」しているのだと水原は言う。「パドル」について説明を求めると、「いっそ、水野くんも一緒にパドルしちゃえばいいんだ」と返された。「水たまりに潜って、新しい世界を、混ぜちゃうの。こっそり、ね」
誘われたぼくは、カナヅチであるにもかかわらずザッパーンと「パドル」してしまう。初めての「パドル」を終えたぼくに、水原は忠告した。「今日は注意深く過ごしてね。ささいな違和感も、見過ごさないこと」
ぼくも読者も「パドル」の実態がつかめない。「パドル」について、水原はこう語る。
「あの水たまりに潜れば本人以外は誰にも気づかれないまま、一ヶ所だけ、世界を変えることができてしまうみたいなの」
「あの水たまりはね、人の心を映す鏡なの。世界を変えたい、と強く想う気持ちが無いと、水たまりは呼応しない。いくら潜ったって、世界は変わらない」
物語をやや複雑にしているのは、以下のルールだと思われる。
「パドルした本人以外は、パドルで変更される前の状況についての一切の記憶を失うの」
「パドル」できるのは、旧校舎が取り壊される夏休みが始まるまでの8日間。水原はこれまでの「パドル」で何を変え、これから何を変えるのか。ぼくは初めての「パドル」で何を変え、これから何を変えるのか。そして本書最大の秘密、タイトル「パドルの子」が意味するのは――。
友人のいない内気なぼくの目線から、本書はゆったりと語られる。また、擬態語・擬音語が効果的に用いられ、水の冷たさも「パドル」するときの大きな音も、そのまま伝わってくる。物語の全体像を理解するのに骨が折れたが、心地よい文章だった。
著者の虻川枕さんは、1990年宮城県生まれ。日本大学芸術学部映画学科脚本コース卒業。卒業後はゲーム会社に入社し、プランナー、シナリオライターとして勤めたのちに退社。本作でポプラ社小説新人賞を受賞。本書は、2017年に刊行された単行本を加筆・修正の上、文庫化したもの。
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