読むべき本、見逃していない?

俗と聖が一体、実際の事件モデルの傑作長編

  • 書名 籠の鸚鵡
  • 監修・編集・著者名辻原登 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2019年5月29日
  • 定価本体630円+税
  • 判型・ページ数文庫判・385ページ
  • ISBN9784101321738

 単行本で読み落とした本を文庫本で「発見」することがあるから、文庫本も侮れない。本書『籠の鸚鵡』(新潮文庫)は、まさにそんな本。評者にとって今年上半期最大の収穫となった。

ポルノまがいのえげつない手紙

 ある雑誌の文庫本紹介コーナーで知った。和歌山を舞台にした犯罪小説で、ヒロインの手紙がポルノグラフィーまがいにえげつない、という俗っぽい関心で買い求めた。ところが、そんな底の浅い小説ではなかった。芥川賞作家、辻原登さんの犯罪小説三部作の「完結編」というだけあって、俗と聖が混在する傑作長編に仕上がっている。

 1980年代の和歌山で実際にあった公金横領事件から著者はヒントを得たという。主人公は、和歌山市郊外の町役場の出納室長の梶。ふらっと入った和歌山市歓楽街のスナックでヒロインのカヨ子と出会い、運命が変わる。

 カヨ子は長崎出身で関西に流れてきた女。関西空港の造成工事をあてこんで土地を買いあさる不動産業者の紙谷と結婚してスナックを経営するが、ヤクザの峯尾に横恋慕され、峯尾の女になる。峯尾の指示で、梶を籠絡しようと手紙作戦を始める。

 伊東静雄の詩「わがひとに与ふる哀歌」からの引用あり、露骨なポルノ的記述ありという破天荒な手紙に梶は警戒するが、やがて彼女のとりことなる。町役場にゼロハリバートンのアタッシュケースを持った峯尾が現れ、1000万円単位で恐喝。梶は町の裏口座から、せっせと振り込むようになる。妻にも逃げられた梶は自らも横領するようになり、夜ごとカヨ子の店に入り浸る。そんなよくある男と女の痴話レベルの事件かと思いきや、中盤から物語は大きく性格を変える。

実録ヤクザ路線のドキュメント

 折しも80年代半ば、日本最大の暴力組織、山口組は分裂し、一和会と抗争を繰り広げた。当時、評者は神戸で取材の最前線にいたが、銃弾が市街地で日常的に飛び交うさまは、まさに「山一戦争」の趣があった。一和会の枝(末端組織)にいた峯尾は、ヒットマンの大役を引き受けるはめになる。このあたり映画『仁義なき戦い』における親分子分の泣き落としの悲喜劇を連想させる。そして現実にあった抗争最大の事件を模したスリリングな実録ヤクザ路線が展開する。

和歌山の海の向こうに光

 時代はバブル。欲と暴力がからみ、殺人が行われる物語だが、終盤不思議な感覚にとらわれる。タイトルにもなった「籠の鸚鵡」とは、カヨ子ばかりでなく、彼女をとりまく三人の男もそうであることに気がつく。

 ラスト、和歌山の海を舞台に人物たちが動き出す。その果てに見えたのは希望にも似た光明だった。和歌山・熊野の海には浄土に渡れるという「補陀落」伝説がある。大悪人であるはずの峯尾にすら感情移入している自分がいた。

 2016年に単行本で刊行され、三浦雅士氏、中条省平氏、花房観音氏、鴻巣友季子氏らが書評で絶賛している。辻原さんは和歌山県出身、芥川賞を皮切りに谷崎潤一郎賞、川端康成文学賞、大佛次郎賞、日本芸術院会員と階段を昇りつめた末の小説的達成が本書と言えるだろう。

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