飽食の時代と言われて久しい。『満腹の情景―"日本の食"の現在』(花伝社)は日本の食糧が作り出される現場を訪ねて写真付きで紹介したルポだ。著者の木村聡さんはフォトジャーナリスト。したがって写真が主になっている。
放射線を浴びる食物、技能実習生たちが耕す畑、手袋で握られる寿司、そして日々大量に生み出される食品ロス。原発事故やTPPなどに翻弄され変貌する農業や漁業の最前線から、天候に左右されることのない最新の植物工場まで、余り見る機会のない「現場」がいくつも登場する。
たとえば木村さんは岡山県のブドウ畑を訪ねる。笑顔で写真に登場するのは「野良着のベトナム人」。仕事も野良着も日本で覚えたそうだ。日本の農業従事者は1960年をピークに過去半世紀余りで1000万人規模で減った。今は180万人弱。しかも高齢化が進んでいる。代わりに増え続けているのが外国人の技能実習生だ。グエンさんもその1人。「技術を勉強し、たねと苗の会社をつくりたい。あと、お金も欲しいです」とたどたどしい日本語で話す。
木村さんが書いていることで、そうなのか、と思い当たることがあった。実は以前、外国人労働者の統計数字で茨城県が結構多いことを知り、なぜなのかと思っていた。農業関係の外国人技能実習生の8割は中国人。特に茨城県で多く受け入れているのだそうだ。茨城県は首都圏有数の農業県として、多くの農産物を東京などに届けている。その担い手が中国人というわけだ。市場では「茨城産が出回ると値崩れする」といわれるほど、低価格で強い競争力を維持している。果樹栽培に必要な苗木の接ぎ木などの作業を手早くこなす。もちろん低賃金。彼らによって私たちは、手ごろな値段で新鮮な農産物を胃袋に入れることができているというわけだ。
写真では紹介されていなかったが、静岡の沼津で干物を作るルポにも外国人が出てきた。求人を出しても日本人が集まらない。職人の半数は技能実習生などとしてインドネシアからやってきた外国人。原料の「アジ」はオランダ産。「日本一」の干物は、外国人の手で外国産の魚を使って作られている。
本書は「生産の現場」「加工と流通」「食卓」の三部に分かれ、食にまつわるルポが続く。著者の木村さんは1965年生まれ。新聞社勤務を経て94年よりフリーランス。『ベトナムの食えない面々』『千年の旅の民―〈ジプシー〉のゆくえ』などの著書がある。本書は「週刊金曜日」に2011年12月から2018年1月にかけて、足掛け8年にわたって連載されたものを単行本にしている。大変な労作である。
食にまつわる非常に多くのことを取り上げているので、本書を「原本」にしてさらにいろいろ本をつくれそうだ。「外国人労働者と食料生産の現場」「ここまで科学が制御している食料作り」などなど。木村さんは新聞社にもいたようだが、新聞自体がこの種の連載を土曜版や日曜版を使ってやるべきではないか、とも感じた。新聞社の写真部員に、ネタは見えないところにたくさん隠れていると教えてくれる本でもある。
関連してBOOKウォッチでは『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社)など外国人労動に関する本をいくつか紹介している。
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