「時評」というものが、新聞や雑誌に広く掲載されている時代があった。時の為政者に対して鋭い批判を加えるコラムである。近年数少なくなった時評の中でも異彩を放っていたのが、俳優・タレントの松尾貴史さんが、2012年4月から毎日新聞に連載した「松尾貴史のちょっと違和感」である。本書『違和感のススメ』(毎日新聞出版)は、その中から選んだコラムに加筆修正を加え、単行本化したものだ。
第1章「永田町をめぐるあれこれ」の最初のコラムが「『反日』と誹られて」で始まる。長い間、情報番組でコメンテーターをしていた松尾さんは、政府や行政について批判的なコメントを相当してきたが、「反日」と言われたことはなかった。それが最近は、政権に都合の悪いことをしゃべるとネット上で、「反日芸人」と誹られるようになったという。
人一倍の愛国者であるという松尾さんはこう反論する。「政権が、日本なのか。日本の未来を変な方向に持っていきそうなら、『国民が結果的に権力は与えたが、そんなことをしろとは言ってないよ、白紙委任ではないのだよ』と、それを批判することは逆に愛国的行為ではないか。統治機構イコール国家ではないだろう」
松尾さんが、自民党総裁選の頃に安倍晋三氏のまねをしたら、ネット上での誹謗とテレビ局へのクレームが殺到したそうだ。それほど自分の芸に力はないから、誰かが恣意的に盛り上げたのだろうと推測している。
この章のコラムのタイトルをいくつか抜粋するだけで、平成末期のこの国の政治状況のいびつさが浮かびあがってくる。
「一億総活躍」と言われても 違和感だらけの森友問題 パン屋に親しむと郷土愛が薄れる? 「妻は私人」「総理ではなく総裁」 「日本ファースト」なる名称の不思議 水道民営化は誰が望んでいるのか
批判の矛先は政治ばかりではない。不健全な社会にも向けられる。
コンビニでの年齢認証のばかばかしさ、何でもコンプライアンスを強いる風潮、「なぜ顔を隠すのか」というコラムでは、日本人のマスク信仰を取り上げている。特に、コンビニで店員がマスクを着けたまま接客しているのに疑問を投げかける。「だいたい、接客するのにマスクをして顔を隠している人を信用できるだろうか」と。銀座や北新地のホステスさんがマスクを着けていたら客は怒るだろうとも。医師や看護師、食品加工中の職員など、特に衛生に留意する人たちならわかるが、金銭や品物の受け渡し、やりとりをする相手ならば、不快でしかないという著者の意見にはうなずける。インフルエンザや花粉症のシーズンが過ぎてもマスクをしている人が多い光景は、この十年のことだろう。顔の露出している部分を出来るだけ少なくしたいという「仮面願望」を指摘した識者もいる。あまり健全なブームではないだろう。最近増えた「黒マスク」に脅威を覚えるのは評者だけではないだろう。
第3章、第4章ではメディアや言葉がやり玉に挙がっている。アナウンサーがわざわざ「新人」を強調する自己紹介、報道番組に登場する「私」という単語の多さ、「半端ない」や「何気に」という言葉への違和感をつづっている。言われてみて初めてなるほどと思うくらいに、おかしな言葉遣いがあふれていることに気づかされた。
巻末に落語家立川志の輔さんとの対談が収められている。「忖度」が違和感を表明しづらい社会をつくっている、という指摘に納得した。政治家のものまねがやりにくくなったという松尾さん。落語などライブ芸ではそうではないと志の輔さんが受けたが、ライブでも物を言いにくいようになったら、日本もおしまいだと危惧する。
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