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皇居内に「非公開」の謎めいた施設がある

天皇の戦争宝庫

 「何それ?」「どこにあるの?」という人がほとんどだろう。本書『天皇の戦争宝庫――知られざる皇居の靖国「御府」』(ちくま新書)のタイトルにある「戦争宝庫」や「御府」(ぎょふ)とは一体どういうものなのか。何がおさめられているのか。なぜ知られていないのか。

お寺のお堂のような瓦葺きの建物

 著者の井上亮さんは日本経済新聞社の編集委員。宮内庁担当の敏腕記者として知られる。2006年7月に元宮内庁長官・富田朝彦が付けていたとされるメモをスクープ、新聞協会賞を受賞している。このメモには昭和天皇がA級戦犯の靖国神社への合祀に強い不快感を示したとされる内容が記されていた。各社の宮内庁担当記者のスクープはいくつかあるが、その中でも、昭和天皇の戦争への思いを強くうかがわせたことから、現代史を振り返るうえで特筆すべきスクープとして高く評価されている。

 本書はそんな腕利きの宮内庁記者による、これまた知られざるヒストリーに迫るものだ。

 まず「御府」とは何か。日本が近代以降に行った戦争の記念品・戦利品を収蔵した施設だという。戦没兵士の写真・名簿なども納め、慰霊・顕彰する施設でもあった。場所は皇居内の吹上御苑の南端、桜田濠を隔てて憲政記念館と向かい合うあたりにある。グーグルの衛星画像で見ると、樹木に囲まれたお寺のお堂のような瓦葺きの建物がいくつかあるのが分かるそうだ。

 宮内庁が見学を許可しないので実物は見ることができない。井上さんは取材をもとに建物配置図を作成している。これが現状を正確に表した初出のものだという。

敗戦で事情が一変

 これまでに「御府」は5つ造られたことが分かっている。まず「振天府」。これは日清戦争に関したもので1896年建立。続いて「懐遠府」。こちらは北清事変(義和団の乱)を受けて1901年建立。さらに「建安府」。これは日露戦争関係で1910年に建立。第一次大戦・シベリア出兵では1918年に「惇明府」、日中戦争では1936年に「顕忠府」が建立された。

 当初の目的は軍が戦場から持ち帰り、皇室に献上した戦利品の収蔵庫だった。戦没将兵の遺影と名簿を置くことは明治天皇の発案だったという。その結果、皇居内に造られた「もう一つの靖国神社」の色合いを持つことになる。日中戦争以降は、靖国神社に合祀された「英霊」の遺族らによる御府参拝が慣例となっていたという。

 しかしながら敗戦で事情が一変する。連合軍は1945年9月には、全国にある戦利品の一掃を日本政府に指示。皇居内にあってはふさわしくない「軍国主義の象徴=御府」は46年5月に廃止される。明治以降の戦利品・記念品も含めてすべて「消去」された。昭和天皇は同年7月4日、御府から兵器などが搬出されるのをご覧になっている。記録上最後の御府行幸だった。井上さんはこの日を「御府の葬送」と書いている。宮内庁によると、かつての収蔵品はもはや一切ない。本体の建物だけが往時のままで残っているという。

昭和天皇の数万冊と言われる蔵書

 井上さんによれば、近年、皇居はどんどん公開されている。2014年に天皇陛下の傘寿を祈念して、宮内庁庁舎前から北の丸公園側の乾門までの乾通りが一般公開され、春の桜、秋の紅葉シーズンには大勢の人でにぎわう。皇居の深奥、吹上御苑にも抽選による少人数とはいえ、自然観察会が開かれている。2015年8月には戦後70年ということで、昭和天皇の「聖断」の場、大本営地下壕「御文庫附属室」の図面と映像も公開された。しかしながら「御府」はまだ外部の人間が踏み込むことをかたくなに拒み、その存在が隠されている一角だという。

 気になるのは御府から運び出された収蔵品が結局どうなったか。本書によれば、兵器類は日本鋼管の工場に運ばれ溶かされた。軍旗は焼却。遺影や名簿については記録が残っていないが、宮内庁内にはないという。

 井上さんは最終章で、その後の御府について書いている。昭和天皇の数万冊と言われる蔵書が保管されているらしい。昭和天皇に献上された歴史的に貴重な写真類もあるという。元号が変わっても、まだまだ御府は歴史の中で静かに眠り続けることになるのか。

 関連で本欄では『昭和天皇の地下壕 「(吹上)御文庫附属室―大本営会議室(地下壕)」の記録』(八朔社)、『宮中五十年』(講談社学術文庫)なども紹介している。

  • 書名 天皇の戦争宝庫
  • サブタイトル知られざる皇居の靖国「御府」
  • 監修・編集・著者名井上亮 著
  • 出版社名筑摩書房
  • 出版年月日2017年8月 3日
  • 定価本体800円+税
  • 判型・ページ数新書判・230ページ
  • ISBN9784480069757
 

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