戦前なら絶対に出版できなかった本だ。『昭和天皇の地下壕 (吹上)御文庫附属室―大本営会議室(地下壕)」の記録』(八朔社)。何しろ皇居(戦前は宮城)の地下にあった防空壕の話なのである。
映画「日本のいちばん長い日」を観た人なら思い出すだろう。ポツダム宣言を受け入れるかどうか。重臣たちの苦渋の会議がここで開かれた。昭和天皇の「ご聖断」が下された場所なのだ。
著者の梶原真悟さんは1949年生まれ。早稲田大学政経学部卒業。本業は不動産鑑定士、税理士。歴史学者ではない。仕事のかたわら歴史研究に取り組んでいる。市井の歴史研究家の一人だ。
ではなぜそんな梶原さんが、本書のような厄介なテーマに関心を持ったのか。そこには極めて私的な理由がある。父親が「地下壕」の工事に従事した工兵将校だったのだ。父から工事にまつわる話を聞いていた。父は「地下壕」が歴史の彼方に埋もれていくことが心残りのようだった。そこで梶原さんは自分で調べて、記録を残す作業に取り掛かる。
まず私家版として本書と同じタイトルの本を出版した。その少し後の2015年、終戦70年ということで、「地下壕」の映像と写真が公開された。さらに『昭和天皇実録』も出版された。これらの新史料も加えて単行本として刊行したのが本書なのだ。
梶原さんによれば、3か所の「地下壕」があった。「宮内省第二庁舎地下(いわゆる金庫室)、「(吹上)御文庫地下二階(いわゆる御文庫)」、「大本営会議室(地下壕)、(いわゆる御文庫附属室)」。いずれも昭和天皇用の防空施設だ。「金庫室」は昭和11年10月25日、「御文庫」は昭和17年12月31日、「御文庫附属室」は第一期が昭和16年9月30日、第二期が昭和20年7月31日の竣工だ。戦局拡大に伴い、少しずつ増えている。
本書には多数の地図や写真が掲載されている。すでに公開された史料や書物からの引用がほとんどだ。「日記」「日誌」「回想記」「遺言」「機密記録」「回顧録」「全史」などなど。それらはそれぞれ別なテーマの中で、少し「地下壕」に触れているだけ。本書のように「地下壕」に特に焦点を絞ったものではない。
著者は市井の歴史研究者として、先行書を読み込み、関連部分を紹介する。面白いと思ったのは、歴史的に重要とされている各種の史料の中でも、当事者の記憶が違うことだ。例えば会議の開始時間が1時間ズレたり、発言内容が少し違っていたり。現代史に於いてすら正確な「再現」がいかに難しいか、痛感する。
著者は「願わくは、この歴史の大舞台となった『御文庫附属室』を、戦争遺跡として保存し、機会があれば公開し、過去の歴史を振り返り、現在・将来を振り返るよすがにしてもらいたいものです」と記す。
現状はといえば、宮内庁公表資料によると、照明は壊れ、室内は真っ暗。木製の壁や床の腐朽により、はがれた木材が散在。脚を踏み入れることは危険。内部は動物(タヌキやハクビシン)のねぐらにもなっているという。もちろん二度と使われないことを祈るばかりだ。
首都東京のど真ん中に眠る貴重な戦争遺産であり、皇居の中にある廃墟。形を変えた「秘境本」ともいえる。
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