本を知る。本で知る。

博士(学術)が編集者にいる講談社選書メチエ

いつもそばには本があった。

 『いつもそばには本があった。』(講談社選書メチエ)という平易なタイトルにひかれて読み始めたが、なかなか手ごわい本だった。人文書の衰退、人文学の危機が叫ばれる時代にあって、二人の著者がどう状況を受け止めてきたかを綴った異色の本だ。

 著者の一人は國分功一郎さん。東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専門は哲学・現代思想で著書に『スピノザの方法』(みすず書房)、『ドゥルーズの哲学原理』(岩波現代全書)などがある。もう一人は互盛央さん。学者かと思ったら現在、講談社勤務という肩書。岩波書店が発行する雑誌『思想』の元編集長で、専門は言語論・思想史。著書に和辻哲郎文化賞と渋沢・クローデル賞を取った『フェルディナン・ド・ソシュール』(作品社)、サントリー学芸賞を取った『言語起源論の系譜』(講談社)などがあるから編集者というより学者の貌をもつ。それぞれ2005年と06年に東大大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術)という共通点がある。

 本書は対談でもなく往復書簡でもなく、「人文書」や「思想書」をめぐる「本」の話題をそれぞれが書き、「連歌」のように機能することを意図して始まった。

なんでも「幻想」が通用した時代

 互さんは丸山圭三郎の『ソシュールの思想』(岩波書店、1981年)を浪人時代に尾崎豊のライブ会場で読んでいた、という話から始めた。國分さんは学園祭で柄谷行人の講演を聴き、著書『マルクスその可能性の中心』(講談社学術文庫、1990年)を読んだ話を披露。「そんなものは幻想に過ぎない」という言い方がアカデミズムで流通していた、と振り返る。

 「幻想を幻想と名指ししていて多くの人が満足していた」「思えば、当時、思想の業界には、あまりやることがなかったのかもしれない」と書いている。

 これに対し互さんは、鈴木孝夫の『ことばと文化』(岩波新書、73年)や丸山圭三郎の『言葉と無意識』(講談社現代新書、87年)のような新書からスタートし、丸山の『ソシュールを読む』(岩波書店、83年)、『ソシュールの思想』と専門書まで遡上した浪人時代の自分の読書経験を紹介している。そんなことが自然に出来た時代だったとも。さらにフランスのロラン・バルトら構造主義とジャック・デリダ、ジル・ドゥルーズらポスト構造主義の波が同時に襲ってきた日本の90年代の雰囲気を伝えている。そして「國分さんの使っていた言葉で言えば、確かに『幻想に過ぎないはダメ』だが、『幻想に過ぎないはダメ』だけでもダメ、なのだ」と応酬し、そこから「言語」を拠り所にして異議申し立てしようとしたという。

 「幻想」というキーワードが一世を風靡した背景に二人はこれ以上触れていないが、評者は、心理学者の岸田秀が77年に『ものぐさ精神分析』(青土社)として出版して以来、熱狂的な支持とともに批判も受けた「唯幻論」やさらに吉本隆明の『共同幻想論』(河出書房新社、68年)の影響があったのではないかと思う。もっともアカデミズムというより学生やその周辺においてだが。

安定した時代だから『構造と力』流行

 往復書簡ではないので、お互いの文を受けながらも、別の論点に移ることも多い。互さんは96年に岩波書店の入社試験の応募作文で吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』(岩波文庫、82年)を取り上げたという。その後耳にしたことはなく2017年に漫画版(マガジンハウス)の大ヒットこそ、「この四半世紀がもたらしたものが何なのかを示しているのかもしれない、と思うようになってきた」と書いている。本を読むことが「どう生きるか」という問いから離れていったからこそ、そのものずばりのタイトルが求められていたのではないか、というのだ。

 やりとりが進むにつれて「一九九〇年代中頃の日本では、国家の政策は思想や哲学の課題ではないと考えられていた」(國分)とか、安定があったから「軽やかに」が可能で、それを背景に浅田彰の『構造と力』(勁草書房、83年)があった、という指摘(互)に、なるほどと感心した。

 今はそんなに甘い時代ではなく、だからこそ人文書が求められていると思うのだが、互さんは「人文学の社会科学化が進んでいる気がしてならない」と警句を発している。

 本書には二人が言及した本が書影付きで脚注に出てくる。タイトルを知るのみで、ほとんど読んだことがない本ばかりだが、この25年間の潮流を知る上で参考になった。

 難解さで知られる雑誌『現代思想』(青土社)と『エピステーメー』(朝日出版社)の創刊編集長を務めた伝説の出版人、中野幹隆(2007年没)についても互さんが多くのページを割いて顕彰している。

 本書は「講談社選書メチエ」として刊行された。創刊25年になるという。元『思想』編集長の互さんのような人が編集者にいるからこそ、高い知的レベルを維持しているのだろうと思った。

  • 書名 いつもそばには本があった。
  • 監修・編集・著者名國分功一郎、互盛央 著
  • 出版社名講談社
  • 出版年月日2019年3月11日
  • 定価本体900円+税
  • 判型・ページ数四六判・125ページ
  • ISBN9784065150122
 

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