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「科学界のインディー・ジョーンズ」に学んだ「微生物ハンター」

追跡!辺境微生物

 1911年のアムンゼンの南極点到達、1953年のヒラリーのエベレスト登頂をもって地球の探検時代は終わったといわれている。主要な動植物もそれまでにおおむね発見されてしまった。

 ところが、20世紀後半になって、生物が生息不能と思われる酸素もない暗黒の深海底、地下数千メートルの岩石の隙間、塩湖のような極限環境にも微生物が、それも大量にいることが明らかになり、にわかに微生物学的探検の時代になっている。

射撃訓練も受けた

 本書『追跡!辺境微生物』(築地書館)は、そんな時代に売り出し中の若き微生物ハンター・中井亮佑さんが体験した微生物採集の苦労と喜び、研究競争の厳しさなどを紹介しつつ、辺境微生物の驚くべき能力や生態を紹介するものだ。

 中井さんがこの道に入ったきっかけは、テレビ番組でみた深海生物の奇妙な形に驚いたことだという。その後、『深海生物学への招待』(長沼毅著)などの本も読んで好奇心が高まり、大学2年の時に、在学していた北海道の大学をやめ、長沼毅教授のいる広島大学に編入学した。長沼教授は、「笑っていいとも」などのテレビ番組にもしばしば出演、「科学界のインディー・ジョーンズ」として知られている。

 長沼グループに加わった著者は、学部生時代から微生物ハンターとしての手ほどきを受けた。初仕事は、鹿児島県の離島、薩摩硫黄島にある水温52度、pH1.5の強酸性の東温泉からのサンプル採集だ。この温泉には、箱根温泉で見つかっていた好熱細菌の近縁微生物が多く生息していることが分かった。

 大学院生時代は、まずは北極、スピッツベルゲン島の温泉でサンプル採集。シロクマに襲われないよう、ヒグマ撃ち名人が日本から同行したという。翌年も同じ場所に行ったが、この時はヒグマ撃ち名人は同行しなかったため、1日がかりでライフル銃の講習、射撃訓練を受けてから現地に入った。

 2009年夏にはチュニジアのサハラ砂漠を1週間、ヒトコブラクダで移動しながら、未発見の微生物を求めて砂を採集した。フタコブラクダと違ってヒトコブラクダは座る場所が安定せず、すこぶる乗り心地が悪いことを思い知らされた。オマーンの砂漠にも行った。

南極観測隊にも同行

 探検的な採集旅行の合間は、集めた資料の中の遺伝子を分析して、既存のデータと照合したり、微生物の培養を試みたりする地道な研究の時間となる。

 チュニジア南部の都市・マトマタのサハラ砂漠で採集した砂から、新種の微生物を見つけ、学者として大きな成果をあげた。

 成果の大きさを理解するには、最近の生物分類の知識が必要だ。

 つい最近まで、生物の最も大きな分類は「界」で、原生生物界、動物界、植物界の3つに分けられていた。その下に「門、綱、目、科、属、種」と続く。しかし、1990年、アメリカの分子生物学者カール・ウーズは、界より上にドメインという新しい分類枠を設け、バクテリア(真正細菌)、アーキア(古細菌)、真核生物という3つのドメインを提唱した。原生生物界を2つに分け、動物界、植物界は真核生物ドメインにひとまとめにされた。

 さて、著者らがサハラ砂漠から発見した微生物は、真正細菌ドメインのプロテオバクテリア門に属していた。同門には大腸菌やピロリ菌がいる。ただ、この門の中では全くの新顔で、綱のレベルでの新しい細菌だった。オリゴフレキシア綱オリゴフレクスス・チュニジエンシス(通称マトマタ菌)と命名し、学会誌に発表した。論文発表までに4年かかった。

 2014年から15年かけては、第56次南極観測隊の同行者として南極に行き、南極にある湖の不思議な生態系を調査するなど、微生物ハンターとしての技を着々と磨いている。

 地球上にいる微生物の生物量(炭素換算)は、動物、植物の生物量をはるかにしのぐと推定されているが、著者によれば「自然界に生きる微生物の99%は未知」である。微生物ハンターの探検時代は当分続きそうだ。

  • 書名 追跡!辺境微生物
  • サブタイトル砂漠・温泉から北極・南極まで
  • 監修・編集・著者名中井 亮佑 著
  • 出版社名築地書館
  • 出版年月日2018年10月30日
  • 定価本体1800円+税
  • 判型・ページ数四六判・204ページ
  • ISBN9784806715719
 

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