本を知る。本で知る。

「イノシシ」についてどれぐらい知っていますか?

イノシシは転ばない

 2019年の干支は十二支のしんがりを務めるイノシシ。干支の一つであるばかりか神獣と崇められたりもし、原始時代から貴重なタンパク源として食用になるなど人間とのかかわりは深い。ところがイノシシを主人公にした本はほとんどなく、現代では人間に危害が及んだケースや駆除などがとりざたされるばかり。本書『イノシシは転ばない』(技報堂出版)は、前の亥年(2007年)を控えて、実は魅力豊かなイノシシ・ワールドを紹介しようと出版されたもの。12年ぶりに再読の機会がめぐってきた。

十二支しんがり

 十二支など暦に関する考え方は、その昔、中国から周辺各地に伝わったもの。古代中国でまず、時間の流れの法則性や規則性を見出そうと、万物に「陰」「陽」の2相があるとする陰陽説や、木・火・土・金(属)・水という物質相互の作用や反発で諸現象を説明する五行説が考え出され、その後の暦法の基礎になっていく。

 まもなく人間の両手で数えやすいこともあって10日間をひとまとまりとする「十干」が生まれる。殷の時代にすでに10日を「一旬」として吉凶占うことが行われていたという。月の満ち欠けから、この十干を3回繰り返すと「1か月」に、1か月を12回繰り返すと「1年」になることが分かり、これが「十二支」として、十干の場合もそうだったように、それぞれに漢字が割り当てられた。

 その際の12番目の漢字が「亥」。だが当初は動物を表すものではなく字源的意味は「とざす」ということで、仮託されたイメージは「生命力は固い種皮の中へ」というものだった。中国で十二支が動物と結びつけられるようになったのは戦国時代ごろとされる。「中国王朝の威光の象徴ともいうべき暦法を、周辺民族へ周知徹底させるにあたって、抽象的な概念である十二支を庶民に理解させる方便が、十二支獣の配当であったとされるが確証はない」そうだ。

 だが「十二支の概念が十二支獣を割り当てられることによって、その後の歴史の中で異様な人気を得、庶民の間に普及していったことは事実。その広がりは中国のみならず、アジア各国へも及んでいる。もちろん、日本もその一例」と著者。ネ、ウシ、トラ、ウー、タツ、ミー...と、現代でも少なくない人がソラでいえるはずだ。

「シシ」は食用獣のこと

 ところが十二支獣の顔ぶれは、十二支が伝わった各地で異同がある。「亥」にあたる獣は本家の中国ではイノシシではなくブタ。韓国でも同様という。ちなみに、チベットやタイ、ベトナムではウサギに代わりネコが顔をそろえる。ベトナムではまた、日本のウシ、ヒツジに対応して水牛とヤギが並ぶ。

 日本ではイノシシを歴史的仮名遣いで書くと「ヰノシシ」。「シシ」は、私たちの先祖が弓矢や石槍で獣の狩りをしていた時代に食用獣を指す語で「猪(ヰ)の『シシ』」と「鹿(カ)の『シシ』」の2種類がいた。

 「亥」の字は、大きなイノシシ・ブタ類の姿をかたどった象形文字が起源。中国では、西遊記の「猪八戒」がブタであるように、イノシシといえばブタになる。日本人の場合は「亥」の字を、家畜のブタになる前のイノシシを象徴するものとして受容して、本家の理解とはネジレが生じたらしい。

「妖異」「神威・仏威の顕現」の時代も

 何かのパーティーなど初対面の者どうしの集まりで決まって話題になるのが、血液型の話や生まれ年の干支のこと。干支の話になると「のんびりしているのは丑年のせい」とか「巳年は執念深い」などと盛り上がるが、本書によると、そうした場に亥年生まれの人が出てくると、とたんに周囲の口数が少なくなるという。それは「イノシシと言われても、とっさにイメージがわかないから」という。会話が途切れたことに対してはもちろんイノシシに責任はない。

 「悪いのは、イノシシに不案内な、私たち人間の方」と著者。「山野を駆け巡るイノシシの冤罪を晴らすこと。合わせて、会合のたびに気まずい思いで動物談義に付き合わされる亥年生まれの人々を窮地から救うこと。それが本書の目的」という。

 著者は大阪・吹田生まれ。「上方文化評論家」として、上方の芸能や歴史文化に関する講演や評論、メディア出演を精力的に行っている。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科修了。関西大学などで非常勤講師、特別講師を務めている。

 本書では「文字で書くイノシシ」「十二支獣としてのイノシシ」のほか「食われるイノシシ」「狩られるイノシシ」などとして食用の歴史をさかのぼり、また「妖異としてのイノシシ」「神威・仏威の顕現としてのイノシシ」で、畏怖や信仰の対象とされた時代についても明らかにしている。

 意外と人間の生活に近い存在のイノシシ。さまざまな角度から迫った本書は、事典的な側面も合わせもっており「亥年」の読書にふさわしい一冊。

  • 書名 イノシシは転ばない
  • サブタイトル「猪突猛進」の文化史
  • 監修・編集・著者名福井 栄一 著
  • 出版社名技報堂出版
  • 出版年月日2006年12月10日
  • 定価本体2200円+税
  • 判型・ページ数 B6判・280ページ
  • ISBN9784765542357
 

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?