本書『随筆 本が崩れる』(中公文庫)のもとになった『随筆 本が崩れる』(文春新書)は、2005年に発行された。それまで知る人ぞ知るといった存在の「物書き」草森紳一の名前と、仙人のごときその風貌を満天下に知らしめた功績は大きい。
東京は隅田川のほとりの2LDKのマンションは、部屋といわず、廊下といわず本に埋め尽くされていた。本がないのは浴室だけという状態。風呂に入ろうとして脱衣所のドアをしめた時、外の廊下に積んでいた本の山が崩れ、ドアが開かなくなった。草森さんは風呂場に監禁されてしまったのだ。さあ、どうする?
「たしかに困っているが、案外と心は明るい。あせっているくせに明るい」と落ち着いている。まずは顔を洗った。ふだん顔は洗わないそうだ。そうこうするうちに唐の詩人李賀の詩の一節が浮かんだという。「鏡中 聊(いささ)か 自ら笑う」。まだ余裕がある。
風呂に入ろうと湯の蛇口をひねる。脱衣所に積んでいた本の中から豊臣秀吉関連の本を取り出して読む。すぐに湯が満杯になり、風呂に入る。
草森さんは一人暮らしなので、このままでは風呂場でこと切れる可能性もある。さて、どうやって脱出し命拾いしたのかは、実際に本書を読んで確かめてもらいたい。ヒントは閉じ込められたのが風呂場だったこと。
いったいどれくらいの本があったのか。草森さんは「資料もの」という仕事のスタイルだったので、本がねずみ算式に増殖したという。当面使わない本は、北海道・帯広の実家に作った書庫に収めた。これが3万冊。東京のマンションには4万冊と本人は語っていたが、2008年に草森さんが亡くなり、整理したところ3万2千冊だったことがわかった。
草森さんの守備範囲は広い。漫画からナチスの宣伝、副島種臣の書、李賀、永代橋......100くらいの書きたいテーマがあり、随時並行して本を買い集め、本がたまったところで書き、そしてさらに構想はふくらみ、脱稿は遅れに遅れていった。亡くなってから刊行された本が十数冊(本書が19冊目)もあるから、担当の編集者たちはみな拝みながら、校了したに違いない。
蔵書家に関する本といえば、『本で床は抜けるのか』(西牟田靖・著)という本がある。草森さんが残した蔵書を散逸させまいと奔走する人たちの話も登場する。また岡崎武志さんの『蔵書の苦しみ』も忘れ難い。草森さんは終の棲家となった永代橋近くのマンションに引っ越すにあたり、なるべく窓がなく、壁面が多く取れる部屋を選び、唯一の楽しみだったテレビも捨て、本のほかにはほとんど家財道具がない生活を選ぶほど、本の虫となっていた。
蔵書は帯広大谷短期大学に寄贈されたほか、廃校となった小学校跡に保管され、ボランティアによって整理が進められているという。
同書には表題の「本が崩れる」のほか、「素手もグローブ 戦後の野球少年時代」「喫煙夜話 『この世に思残すこと無からしめむ』」の2篇、さらに文庫化にあたり、新たに「本棚は羞恥する」など5篇が収録されている。新書ではモノクロ写真だった蔵書の山が、今回カラー写真になり表紙を飾っている。「自分も、本を積み過ぎてアパートを追い出されたことはあったけれど、その比じゃなかった。本との愛と格闘。」と又吉直樹さんが帯に文章を寄せている。
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