本書『風に吹かれて』(角川春樹事務所)は、著者の樋口明雄さんが中学2年生だった1973年の夏を描いた自伝小説だ。タイトルの『風に吹かれて』は、ボブ・ディランの「Blowin' in The Wind」から来ていると思われ、作中に何度か登場する。物語の舞台となる山口県岩国市は、樋口さんの出身地で「いかにも地方都市然とした繁華街がある岩国駅周辺。古い街並みが残った西岩国。さらに米軍基地。それぞれが渾然と入り交じっているのではなく、明確に分かれて存在する」「不思議な街」と描写している。
本書は「一九七三年、夏」第一部~第三部、「二〇一八年、夏」で構成されている。「一九七三年、夏」では、同じクラスの男子4人――小説家志望のモリケン(樋口さん自身と思われる)、漫画家志望で黒縁眼鏡のノッポ、複雑な家庭環境でアルコールやタバコを嗜むムラマサ、東京からの転校生でギターが上手いミッキー――による、親が知ったら心配するほどハチャメチャな冒険が繰り広げられる。いじめに遭い登校拒否をしていたモリケンの幼なじみ・陽子は、再び登校するようになり彼らの仲間入りをした。
釣り、海水浴、エロ本、デートで映画鑑賞は最近の中学生と変わらないだろうが、廃車のマイクロバスを秘密基地にしたり、拾ったバイクを修理して危険な川を渡ろうとしたり、ガキ大将的な生徒が登場して暴力をふるったり、自転車を片道6時間こいで子供たちだけでキャンプをしたり...だいぶ思い切った彼らの行動に驚く。
「このまま永遠にみんなで自転車を走らせていたい。どこまでも。モリケンは心の底からそう思った」が、「俺ら、やっぱし、いつまでも子供でいられんのじゃのう」というノッポの言葉がモリケンの心に残った。「この旅は自分たちが大人になるための通過儀礼みたいなものだったのかもしれない」と、子供から大人へと段階が移っていくのをモリケンは肌で感じた。
「二〇一八年、夏」では、58歳の小説家・モリケンが登場する。小説家としてデビューして間もない頃、少年時代の話を書こうと思い立ったものの「あの夏の出来事が、自分の中だけでそっとしておかねばならない、とても大切な宝物」のように思えて執筆が進まなかった。しかし、結婚し、親となり、子の成長を見届けるうちに「突き動かされるように執筆を再開」した。大切な思い出であるがゆえに、何度も原稿を書いては破棄したという。著者の本作への思い入れの深さがそのまま内容の濃さに直結していて、印象に残る作品となった。
著者の樋口明雄さんは1960年生まれ。2008年に刊行した『約束の地』で日本冒険小説協会大賞と大藪春彦賞をダブル受賞。13年『ミッドナイト・ラン!』でエキナカ書店大賞を受賞した。
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