本を知る。本で知る。

堀田善衛はなぜ「ベ平連」に関わったのか

堀田善衞を読む

 「ヒューマニズム」という言葉に、煮え切らないものを感じるのは、ある時代を過ごした世代に共通する感覚かもしれない。人道主義は、人が主体的な行動を拒むとき、その言い訳として使われてきたからだ。1960年代後半、ベトナム反戦運動が大衆化した時代。進歩的文化人を中心に「べ平連」が結成された。ヒューマニズムによる緩やかな市民組織で、実力行動に出ていた既存勢力とは一線を画していた。べ平連はデモをするだけの組織だと見られていた(実は、堀田を含む一部は脱走米兵の逃走支援など、相当危ない活動にも取り組んでいた)。

『広場の孤独』『方丈記私記』・・・

 本書『堀田善衞を読む』(集英社新書)のタイトルにうたわれる堀田は、そのべ平連結成の呼び掛け人の一人だった。このため、堀田も単なるヒューマニストではないとされつつも、やはり煮え切らないと受け止められた。

 しかし本書は、そうした世代の人たちの印象を覆すかもしれない。寄稿している著者たちが持つ堀田像はそうしたものとは全く異なる。彼の思考の強じんさと人間に対する理解の深さを存分に示すものだからだ。

 堀田は何をした人なのか。1918(大正7)年、富山県の廻船問屋に生まれた慶応大卒の小説家だ。文学史では第一次戦後派の一員とされ、同派には野間宏や武田泰淳、埴谷雄高、加藤周一、中村真一郎、福永武彦らがいる。サルトルとも親交があった。主な作品に『広場の孤独』(51年、芥川賞)、『方丈記私記』(71年、毎日出版文化賞)、『ゴヤ』(77年、大佛次郎賞)、『ミシェル 城館の人』(94年、和辻哲郎文化賞)がある。

『ミシェル 城館の人』に言及

 本書は堀田の地元、富山県にある「高志の国文学館」の編集でまとめられた。文章を寄せているのは堀田と親交のあった5人だ。鹿島茂さん(フランス文学者、明治大教授)の「中心なき収斂」は、堀田思想の核心を分かりやすく解説している。

 鹿島さんは堀田最大の著作『ミシェル 城館の人』に言及する。同書は「我、何をか知る(私は何を知っているだろうか クセジュ)」と問いかけた懐疑論者モンテーニュの評伝だ。その中で、モンテーニュに見るフランス的な弁証法を解説する。

 「(ある対象についてA、B2つの意見がある場合)普通の弁証法なら両者を統合させる形で、AでもなくBでもない、Cという答えもあり得るんだよ、という形で議論を進めていく......ところがモンテーニュ(『エセー』)を読んでいくと、AでもなくBでもなく、Cというものを暗示してはいるけれども、かといってCという形でアウフヘーベンするようなすっきりとした形には持っていかない......」

 鹿島さんはその上で、堀田の描くモンテーニュについて、同様の弁証法的描き方をしたと説明する。

 「堀田さんはあらゆる可能性を列挙した上で、収斂はするけれども中心は求めない。つまり、一元的解決は求めていない......」

 そこが、堀田の独自性だった。日本の社会は昭和前期まで左翼運動が強かった。それが、戦時体制になっていくと、たやすく近衛新体制や昭和研究会などのファッショ団体に一元化された。独自性の背景にあるのは、戦前の全体主義はなぜ起きたのかという、第一次戦後派が抱いた問いだった、という。

 「例えば、ファッシズムか共産主義か、どちらかの選択を突き付けられた時に、立場をはっきりさせてしまうことの危険性。それによって日本は結局、敗戦まで至った......人間を潔癖主義的(一元論的)な形で追い詰めていくことの危険性というものがある。モンテーニュと同時代のジャン・カルヴァンを描くことで、その潔癖主義に日本的なファッシズムとの類似性を認めているのでしょう。禁欲という形で追い詰めていくと、最終的には自分が禁欲できるということを盾にして、人にも禁欲を強いていくことになる」

 このようにして、堀田は問い続けることの重要性、中心なき収斂の重要性を、作品で描いた、としている。「煮え切らなさ」と映るものは、実は強靭な思考の産物だ、との指摘だ。

中西進さんが序文

 フランス的な弁証法という懐疑論的な思考形式は、実は現代のフランスの知識人に共通する。バカロレア(大学入学資格試験)の哲学の問題でも、いまもこうした思索の形式が問われているそうだ。

 鹿島さんのほかに執筆しているのは、池澤夏樹さん(作家)、吉岡忍さん(ノンフィクション作家)、大高保二郎さん(美術史学者)、宮崎駿さん(映画監督)だ。いずれも堀田と深く関わった人たちで、堀田ファンには新たな発見となるエピソードも紹介されている。

 本年は、生誕100年、没後20年だ。高志の国文学館は現在、「生誕100年記念特別展 堀田善衞―世界の水平線を見つめて」を開催(12月17日まで)している。館長を務める中西進さん(万葉集研究の権威)の序文も、堀田文学を現在の状況に引き付けて解釈していて、身が引き締まる思いがした。

BOOKウォッチ編集部 森永流)
  • 書名 堀田善衞を読む
  • サブタイトル世界を知り抜くための羅針盤
  • 監修・編集・著者名池澤 夏樹/吉岡 忍/鹿島 茂/大高 保二郎/宮崎 駿 著、 高志の国文学館 編集
  • 出版社名集英社
  • 出版年月日2018年10月17日
  • 定価本体820円+税
  • 判型・ページ数新書・228ページ
  • ISBN9784087210521
 

デイリーBOOKウォッチの一覧

一覧をみる

書籍アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

漫画アクセスランキング

DAILY
WEEKLY
もっと見る

当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!

広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?