『異類婚姻譚』で芥川賞を受賞した本谷有希子が、2年ぶりに新作『静かに、ねぇ、静かに』(講談社)を出した。3つの短編小説が収められている。いずれも小道具にSNSが登場するが、それをテーマと見なすのは軽率だろう。なんとも陰惨なやりとりの末、カタストロフ(破局)へと至る人間像が描かれ、戦慄する。
「本当の旅」は、長年のつき合いがある男女3人が羽田空港国際線ターミナルからマレーシアに出発する場面から始まる。本谷には母娘3人が海外旅行に行く『グ、ア、ム』という中編がある。3人のやりとりに、とぼけた味のある佳作だったが、こちらの3人組はかなりイタい。LINEでのやりとりを見ると20代に思えるが、彼らは40歳前後にもかかわらず、まともに働いていないのだ。自意識だけを肥大化させた、いわゆる「意識高い系」のピープル。「俺はさ、仕事してるってこと自体、もっと恥ずかしいって意識を持つべきだと思う」「能力がないから仕事してるんだもんね」「結局さ、そういうやつらはクリエイションしていないんだよ」。こんな会話に鼻白むばかりだ。
フェイスブックで知り合ったという「細胞の声が聞え、前世も教えてくれる」日本人がやっているマッサージ屋に行こうとするが、乗ったあやしげなタクシーは山道をずんずん進み......。
2つ目の「奥さん、犬は大丈夫だよね?」の「私」はネット通販の中毒で夫に携帯電話を取り上げられている。ある日、夫の会社の同僚夫婦とレンタルのキャンピングカーで、道の駅まで1泊旅行に行く。目的地で車を停めると、「私」の購入履歴に気づいた夫と口論になり、夫は車から飛び出した。「私」は、夫婦が同伴した犬の毛が気になり、借りた携帯電話で「犬の毛 対策」と検索するうちに静かに興奮し始める。旦那を驚かせようと、車を移動させるが......。
最後の「でぶのハッピーバースデー」は、でぶと呼ばれる妻とその夫の物語。会社が倒産し、そろって失業した二人の生活には荒廃の影がしのびよる。でぶの歯並びの悪い口元が元凶だと主張する夫は矯正を執拗に勧める。でぶは運よくステーキ屋に就職し、夫も店の洗い場で働けるようになり、生活に光が差す。気をよくしたでぶは、矯正に応じ、右側半分だけ抜歯するが、顔がはれ人相が変わってしまう。でぶの「印」の動画をネットで流そうと夫は提案したが......。「印」と言っても、見えるものではない。「俺達が、いろんなことを諦めてきた人間だっていう印だよ」と夫が言う、心理的なものだ。この二人の哀切な愛は胸に迫るものがある。
本谷は「劇団、本谷有希子」を旗揚げし、主宰として作・演出を手掛ける。戯曲「遭難、」で鶴屋南北戯曲賞、「幸せ最高ありがとうマジで!」で岸田國士戯曲賞を受賞した後、大江健三郎賞、三島由紀夫賞、芥川賞と三大文学新人賞を総なめした。演劇スクールで師事した松尾スズキは、『もう「はい」としか言えない』などで芥川賞候補となったが、まだ受賞に至っていない。小説では弟子が師匠を追い抜いた格好だ。
演劇人の小説への進出はこの二人に限らず、最近枚挙にいとまがないが、本谷のこの新作は「受賞後第一作」という冠にふさわしい出来栄えである。
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