お堅いイメージの強い岩波新書から『声優――声の職人』が出た。著者は人気声優の森川智之さん。「帝王」の愛称で有名だという。業界に詳しい人にきいたら「ボーイズラブ」の帝王なのだそうな。岩波もずいぶんやわらかくなったものだ。
クラシックの世界で帝王と言えばカラヤン。ジャズならマイルス・デイビス。そしてアニメなら森川さん。そう考えると、すごさがわかる。洋画では『マトリックス』のキアヌ・リーブス、『スター・ウォーズ』のユアン・マクレガー、そしてトム・クルーズの声などで知られる。本書ではどうやって声優として成功したか、声優になるためにはどうすればいいか、などをたっぷり語っている。
声優はプロ・アマ合わせて数万人いるそうだ。「声優は今や大人気の仕事の一つと言われています」と書き始める。最前線で活躍しているわけだから肌で感じているのだろう。
だが、どんな仕事でも簡単なものはない。とりわけ人気声優は大変そうだ。アニメ、ナレーション、ゲーム、CM、企業用のビデオ、駅などのアナウンス、バラエティや情報番組...。「音声」として世の中に流れているものは、ほとんどが声優の仕事だ。それらをいくつも掛け持ちしながら走り回る。下準備も必要。全く違う「声柄」に短時間で切り替えなければならない。人気が出れば出るほど、「寝るときだけが自分の時間」となる。
評者のようにネットの仕事をしていると、声優というのが特別なジャンルで、非常に関心度が高いということを痛感する。一般のタレントと同じように、声優のだれだれが結婚したとか、離婚したとかというゴシップネタがとてつもないアクセスを稼ぐ。ヤフーなどでもしばしば上位に食い込んでいる。
本書は、「声優という職業」「声の職人――帝王の履歴書から」「裏方が表舞台に出る時代」「声優の卵たちと、厳しい森川先生」「帝王が目指すもの」の5章に分かれている。「オーディションの仕組み」「アニメとは畑の違う洋画の吹き替え」「アニメを観るな、ゲームをするな」「歌も踊りも完璧じゃなくていい」「端役に徹することができるか」など、30年にわたる経験から導き出された教訓が並ぶ。
森川さんは高校時代はアメフトをやっていたが、頸椎のけがで断念。体育の教師になるという夢もあきらめた。しかし、運動部で声を鍛えていたのが幸い、声優という新しい道が開けた。声優なら「体育教師」になることもできる、「スポーツキャスター」にもなれるぞ、という友人のアドバイスが背中を押したという。
本書の後段で、森川さんは「ボーイズラブ」(BL)についても丁寧に説明している。男性同士の恋愛を描く作品のことだ。女性を中心に広く受け入れられ、もはや限られた人だけのマニアックな世界ではなくなっているという。原作はマンガや小説だが、それをオーディオドラマ化したCD(BLCD)が声優人気を支えるコンテンツの一つになっている。
かつては出たがらない声優もいた。理由は男同士のセックス描写があるから。しかし森川さんは積極的に出た。普通のアニメと違って、BLでは長いセリフで相手とのやりとりが続き、技量が磨ける。ファンも増えるし、腕が上がれば、次の仕事のチャンスもできる。そして森川さんは「BLの帝王」と呼ばれるようになる。「僕が最も多くの男性声優の『初めて』を奪った声優になるそうです(笑)」
このあたり、岩波新書としては相当の踏み込みようだが、もちろん森川さんは、声優として成功するために本当に大事なこともきちんと説いている。
「読解力...これに尽きると言っても過言ではありません」
「必ず日本語力を身に着けてください。学生の方であれば、国語の成績でトップを目指してください」
他にも声優について書かれた本は数多くあることだろう。雑誌もある。しかし本書はなんといっても格調高き岩波新書だ。声優志望者は、味読して、まずは読解力を鍛えよう。
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