読むべき本、見逃していない?

文部官僚の「責任と覚悟」とは・・・初代の森有礼大臣が説いていた

  • 書名 文部省の研究――「理想の日本人像」を求めた百五十年
  • 監修・編集・著者名辻田真佐憲(著)
  • 出版社名文藝春秋
  • 出版年月日2017年4月20日
  • 定価本体920円+税
  • 判型・ページ数新書・272ページ
  • ISBN9784166611294

 文部科学省が大揺れだ。次は事務次官とも言われていた科学技術・学術政策局長が、自分の息子を私立医大に裏口入学させる代わりに、医大側に便宜を図っていたとして東京地検特捜部に受託収賄の疑いで捕まった。詳細はこれから明らかになるだろうが、なんとも唖然とする話だ。

 このところ、何かと守勢に回って防戦が続いていた文科省。今回は、トップ官僚による前代未聞の不祥事で教育行政への影響は計り知れない。いったい文科省とはどういう役所なのか。

新しい国家をつくるのは新しい国民

 本書『文部省の研究』(文春新書)は、文科省の150年に及ぶ歴史を丁寧に振り返り、この役所が果たしてきた役割を問い直したものだ。著者の辻田真佐憲さんは近現代史研究者。副題には「『理想の日本人像』を求めた百五十年」とある。しかし、その「理想」は常に時代の風潮と政治に揺さぶられた。

 明治維新直後の1871年、新しい国家をつくるのは新しい国民ということで文部省ができる。そこで実権を握ったのは留学帰りの「洋学」派だ。そして近代日本最初の教育法令となる「学制」がつくられる。「国家に依存せず、自力で身を立てる」という西欧型の独立独歩の個人が「理想」とされた。当時の民間啓蒙家、中村正直の『西国立志編』や福沢諭吉の『学問のすゝめ』の考え方とも重なる。

 面白くないのが、江戸時代からの伝統を引き継ぐ「国学」や「漢学」の人たちだ。そこに強力な「援軍」が現れる。明治天皇が「洋学一辺倒」を強く憂慮、「教学聖旨」を提示したのだ。「道徳の方面では孔子を範として・・・」など儒教の復活を求めた。実際に起草したのは元田永孚だといわれる。熊本藩出身の儒学者で、天皇の側近として知られた。

「第二の教育勅語」の動きも

 このころ、自由民権運動が新政府を揺さぶり始めていた。啓蒙主義的な教育観は自由民権運動と親和性が高い。伊藤博文ら新政府の指導層は自由民権運動への対抗上、儒教主義にシフトする。教育を巡るグローバリズムとナショナリズムという確執が、明治の初期から始まっていたことを著者は指摘する。

 81年には文部省は「小学校教則綱領」を制定、修身と歴史を重視し、「尊王愛国の士気」が教育目的となる。教科書も申請制から認可制、86年には検定制となり、急速に国家統制が強まっていく。

 本書では、90年に登場した教育勅語についても詳述するが、興味深かったのは日清戦争のころに文部大臣になった西園寺公望の話だ。のちに首相になり、元老として昭和天皇の側近にもなった西園寺は、青年時代に10年ほどフランスに留学しており、開明的な思想の持ち主だった。さまざまな場で「二十世紀の人」をつくる必要を訴え、「徒に口大和魂を唱ふるのみにして、世界文明の大勢に伴隋するを悟ら」ない者を批判した。そして文部大臣として科学教育の重視、英語の普及、女子教育の振興を強調し、修身における「理想の日本人像」の転換まで訴えていた。

 しかも、98年に二度目の文部大臣に就任したときには、明治天皇の内諾を得たうえで「第二の教育勅語」の起草も考えた。病気で辞任したため実現しなかったが、「あの教育勅語一本だけでは物足らない。もっとリベラルの方に向けて教育の方針を立つべきものだと思った」と語っていたという。

年一冊のペースで近現代史の新書

 もう一つ、本書で知ったのは、日清戦争の賠償金の一部が充てられ、義務教育の無償化が実現したということ。これにより短期間で日本の就学率は一気に上昇、9割台になったという。とりわけ女子の就学率が向上したそうだ。

 本書は6章に分けて、文部省の150年を詳述している。上述のように、部外者にも興味深い様々なエピソードが数多く出て来る。

 著者の辻田さんは、1984年生まれ。このところ近現代史の意欲作が続く。主なところでは14年に『日本の軍歌――国民的音楽の歴史』 (幻冬舎新書) 、15年には『ふしぎな君が代』 (幻冬舎新書)、 16年には『大本営発表―― 改竄・隠蔽・捏造の太平洋戦争』 (幻冬舎新書) 、17年の本書を挟んで今年は『空気の検閲 大日本帝国の表現規制』(光文社新書)。年一冊のペースで本格的なテーマに挑んでいる。いずれも多数の参考文献を読み込みつつ、独自の切り口でアプローチした粘り強さが際立つ労作だ。大衆文化にも詳しい。

 さて文科省の不祥事から話を始めたこともあり、初代文部大臣を務めた森有礼の言葉を紹介しておこう。就任直後に発表した。辻田さんの現代語訳ではこうだ。

 「文部省は、全国の教育学問に関する行政の大権を持っており、その責任はきわめて重い。だから、文部省の職務を担当する者は、他省の官吏にならうのではなく、ひたすらみずからの職分に励むべきであり、最後にはこの職に殉じてもよいとの覚悟が必要である」

 文科省の職員にとっては今も引き継がれている有名な一文だという。塀の向こう側にいるエリート官僚は今頃どのようにこの言葉をかみしめているのだろうか。

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