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「王道楽土」の夢を支えたのは「アヘン」だった

阿片帝国日本と朝鮮人

 戦前の日本がやっていたことについては、今もベールに包まれていることが多い。日本と麻薬の関係もその一つ。佐野眞一さんの『阿片王 満州の夜と霧』(新潮社)などで初めて知ったという人も少なくなかったのではないか。

 本書『阿片帝国日本と朝鮮人』(岩波書店)は戦前、日本が関わった海外のアヘン問題を扱っている。それも日本人だけでなく、朝鮮人についても書いている。余り類書のない珍しい本だ。

財政難に苦慮

 19世紀末から1945年の敗戦まで、日本が外地で深く広範にアヘンに関係していたことは、知る人ぞ知る有名な話だ。

 本書によれば、日清・日露戦争で帝国主義国に成長した日本は、経済・財政基盤が脆弱だった。版図は拡大したが、戦争費用やその後の占領地維持費用に苦しんだ。たとえば内務省衛生局長だった後藤新平は1898年、こんな意見書を出している。「アヘンを主要財源とし、外債を集めて台湾の拓殖を推進する」。今だと、ちょっと考えられない提言だ。

 20世紀に入り、国際社会ではアヘンに対して厳しい規制が加えられるようになった。しかし、すでにアヘンが蔓延している中国などでは厳禁ではなく漸禁主義がとられた。一般人には禁止だが、中毒者には治療上の吸引を認める方策だ。人道的配慮というが、明らかに抜け道がある。

 1932年、建国したばかりの満州国で早々と阿片法が施行される。専売公署という担当の役所も設置された。当時の満州国では、歳入予算6400万円のうちアヘン専売による収入が1000万円を占めていたというから凄い。栽培は許可制で政府に納入し、専売の形で小売人から中毒者に渡る。そこに在満の朝鮮人密売人も動員された。満州国では国民の3%、90万人が吸引者と言われ、アヘンは不足していた。違法栽培、密売が横行し、そこに利権も生まれる。外国の目が届きにくい蒙疆(内モンゴル)ではアヘンの原料栽培が盛んになり、政府予算の20%以上をアヘン収入で支えた。日本軍部の特殊工作の資金も、アヘン利権を通じて生み出された。

 以上の記述からわかるように、アヘンはごく一部の裏世界の人々が関わっていたというのではない。アヘンを軸にした財源づくり、公的なシステムが出来上がっていた。そこに、日本人だけでなく朝鮮人も末端で関与したということを本書は明らかにする。

日韓の研究者の交流協力

 著者の朴橿さんは1963年、韓国ソウル生まれ。高麗大学校で博士号を得て現在は釜山外国語大学校人文社会学部教授。一橋大や中国の復旦大で客員教授を務めたこともあり、韓国を代表するアヘン・麻薬問題の研究者だ。すでに日本で『日本の中国侵略とアヘン』(第一書房、1994年)も出版している。

 本書の訳者で「解説」を担当している小林元裕・東海大教授によると、外地における日本人のアヘン・麻薬関与が学術的に取り上げられるようになったのは戦後30年以上たってから。東京裁判の記録などがもとになっていた。その後、江口圭一・愛知大教授によって第一次資料が発掘され、88年には江口氏の『日中アヘン戦争』(岩波新書)が出版された。

 そうした中で、手つかずの状態だったのが、日本の植民地だった朝鮮でのアヘン生産と朝鮮人のアヘン関与だ。史料が乏しかったこと、朝鮮人のアヘン・麻薬業者が満州などでは吸飲者に対する「加害者」の立場でもあったことが研究を足踏みさせていた。

 なぜ彼らはアヘン・麻薬の生産・流通・販売の「尖兵」たらざるを得なかったのか。本書は丹念な調査を通じ、戦前の日本の植民地経済が、支配-被支配の関係の中で生み出した歪みを浮かび上がらせる。

 巻末には非常に多くの資料が明示され、用語や人名の索引も添えられている。ノンフィクションのような面白さはないが、淡々とした記述の行間から、満州国建設時の夢のようなスローガン、「王道楽土」の非情な内実が浮かび上がる。日韓関係は何かと厄介なことが多いが、「解説」でもわかるように、本件では歴史に誠実に向き合おうとする両国研究者の緊密な交流協力ぶりがうかがえる。

  • 書名 阿片帝国日本と朝鮮人
  • 監修・編集・著者名朴橿 (著)、小林元裕(訳)、吉澤文寿(訳)、権寧俊 (訳)
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年3月15日
  • 定価本体5500円+税
  • 判型・ページ数A5判・240ページ
  • ISBN9784000221009

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