ストレートすぎる発言でしばしば物議をかもすTBS系「サンデーモーニング」の張本勲氏は少し前まで、大谷翔平の「二刀流」に異議を唱えていた。さすがに最近は「ここまでやるとはね」と認めているが、「喝!」「あっぱれ!」でぶった切る張本氏の発言がネットで炎上するのも注目されている証拠である。やはり忖度しない発言は胸がすくことも多い。
「日本の生産性が低いのは、経営者が無能だから」と説く本書『新・生産性立国論』(東洋経済新報社)の著者デービッド・アトキンソン氏も、「ここまでいうのか」というぐらい、日本の社長さんたちをこきおろす。
本著は、これからの人口減少時代を乗り切るには、日本の生産性を飛躍的に上げなければいけない、と訴える。アベノミクスも「生産性革命」を唱え、それ自体は新しい主張ではない。英国出身の著者によると、生産性の向上を阻んできたのは、「ちょんまげ」高品質・低価格だという。明治初期、どんなに腕のいい結い師がいても、いくら料金を下げても、ちょんまげを結ってほしいという人は減り、ついには消えてしまった。平成の日本企業もすでに必要とされていない商品やサービスにこだわっているのでは、と問いかける。
つくり手が勝手に高品質と思い込んでいるものは、データによる実証に基づかない「なんちゃって高品質」と名づけている。日本の経営者が低価格にこだわり、価格を下げたことが、日本経済の低迷を招いたデフレをつくった。他国と比べても労働者は実に優秀なのに、経営者は何とも無能である、というのが筆者の結論である。
張本氏流にいえば、働き手は「あっぱれ!」、経営者は「喝!」というところか。このまま人口が減っていけば「企業の数はいまの半分でいい」と筆者はいうから、いまいる社長さんたちの2人に1人はクビになる計算である。実は、これと似たような予言を、筆者は20年ほど前にしている。
そのとき著者は、米ゴールドマン・サックスの花形アナリストだった。1990年代後半、バブル崩壊で不良債権問題を抱え込んだ日本の銀行を指弾し、かつて21行あった大手行は「2~4行しかいらない」というリポートを出した。当時はトンデモ発言と受け止められただろうが、その予言はたしかに的中している。その後、国宝などの補修を手がける小西美術工藝社のオーナーから頼まれ、同社の社長をつとめている。
著書も「新・観光立国論」(東洋経済新報社)など多数ある。インバウンドを呼びこむには「行きたいところがあり、食べたいものがあり、会いたい人がいる。そういう観光地としての魅力を高めることが大切だ」と説く。「英国から来る観光客は、日本人が自慢するおもてなしを受けようと、十何時間も何十万円もかけて来日しているわけではない」。印象論で物事を考えがちな日本を講演会で皮肉る姿に、日本人の聴衆はどっと沸く。
やはり、日本人は心のどこかで、忖度しないものに憧れているのである。はたして、日本の経営者が「あっぱれ!」をもらえる日はくるのだろうか。
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