イタリア在住のジャーナリスト、内田洋子さんの新刊『モンテレッジォ小さな村の旅する本屋の物語』(方丈社)は、本をめぐる奇跡のような体験をつづったお話だ。
ヴェネツィアの古書店で内田さんは店主から、山深い村で暮らしていた先祖たちは、古本を売り歩いて生計を立てていたという話を聞く。ふるさとはイタリア北部のモンテレッジォという村。現在の住民は数十人という限界集落だ。そんなことは可能だったのか? 村の紹介サイトを手づるに内田さんは突撃取材を始める。
村への道でヘミングウェイの写真を見かけた。イタリアの権威ある文学賞の一つ、「露天商賞」の第1回受賞者だという。なぜ山奥の村にその看板が立っているのか。村は本とその露天商人のふるさとだったのだ。
村の教会に石碑があった。「この山に生まれ育ち、その意気を運び伝えた、倹しくも雄々しかった本の行商人たちに捧ぐ」と碑文にあった。村の歴史は古く、古代ローマ時代に監視塔が置かれた街道の要衝の地だった。何もない土地だったが、豊かな土地へ行くための通過地点という重要な役割があったという。領主は通行税や関税を取り統治した。中世にはダンテが領主を尋ね、村に来たという伝承もある。
モンテレッジォに夢中になった内田さんはヴェネツィアの自宅に戻ったが、村関連の本や資料に埋もれる日々となる。そこへまた古書店の店主から一冊の本を渡される。『アルド・マヌツィオ 神話ができるまで』。1501年、世界で最初の文庫本を作った出版人の伝記だった。さらに村の近くフィヴィッツァーノ村に15世紀、活版印刷所があり、現在は休館中の印刷博物館もあるという情報を得る。さっそく訪ねると。老館長は「ようこそ、〈本と運命〉の館へ!」と迎えてくれた。15世紀後半、ヴェネツィアで活版印刷を修業した若者が当地で印刷・出版を始めたが、低迷し廃業したという。当時の鋳造活字が残っていた。1802年、世界で最初のタイプライターが作られたのもこの村だという。
話はつづく。ナポレオンの登場とともに1800年ころ、イタリア統一運動がおこる。そのためには情報、そして本が必要だった。村の行商人たちの出番が来た。当時の出版社は小さく、扱いも小部数だった。モンテレッジォの人たちは在庫を抱える余裕もない版元から売れ残りを集め、代わりに売りに行ったのが行商の始まりだという。1858年の村勢調査では人口850人のうち71人が「職業は本売り」と書かれていた。このころは各地の青空市場で商売をしたそうだ。読者の好みや関心を出版社に伝えるため、彼らは重宝されたという。
やがて本の行商は家業となり、代々受け継がれるようになった。その後はイタリア各地に定住し、子孫は書店や古書店を営んでいる。1952年、彼らは「本屋週間」を開いて、この「本の村」を訪ねた。そして翌年、「露天商賞」が誕生した。村は「本の魂が生まれた村なのだ」と内田さんはこの物語をむすんでいる。
イタリアに長く暮らした日本女性といえば、随筆家・イタリア文学者の須賀敦子さん(1929-1998)が思い出される。須賀さんには『コルシア書店の仲間たち』という名作がある。イタリアの書店と日本女性の相性は相当いいのだろう。
当サイトご覧の皆様!
おすすめの本を教えてください。
本のリクエスト承ります!
広告掲載をお考えの皆様!
BOOKウォッチで
「ホン」「モノ」「コト」の
PRしてみませんか?