ソウルに行ったことがある日本人なら、仁寺洞あたりの古い町並みを歩いて、ほっこりした人も多いことだろう。あるいはもう少し韓国通なら、新羅や百済時代の香りを残す古都、慶州や扶余、公州などにも行ったことがあるかもしれんない。
本書『韓国 古い町の路地を歩く』(三一書房)も観光ガイド本として、ソウルや慶州や扶余が出てくるのかなと思って手に取ったら、全く違った。登場するのは、日本ではあまり知られていないところが多い。ある意味、「韓国ディープ案内」となっている。
本書で取り上げられているのは、密陽(ミリャン)、統営(トンヨン)、安東(アンドン)、春川(チュンチョン)、安城(アンソン)、江景(カンギョン)、忠州(チュンジュ)、全州(チョンジュ)、羅州(ナジュ)の9都市。それぞれの町の歴史はもとより、都市空間の変化のプロセスと文化的背景や風土をひもとく。
著者のハン ピルォンさんは1961年生まれ。大学院生だった80年代から、韓国の伝統集落や歴史都市について研究を始めた。建築事務所で設計実務を経験した後、中国・清華大でも学び、96年から韓南大学建築科教授。「アジア建築研究室」を主宰し、ニューヨーク州立大で客員教授も経験している。日本でいえば「建築探偵」として有名な藤森照信さんのような人なのかもしれない。
冒頭で紹介した有名な古都が出てこないのには理由がある。本書はそもそも、友人が創刊した季刊文芸誌「シャエ」に、「韓国の町の面白そうなところを連載で紹介してほしい」と頼まれ、書き始めたものだからだ。韓国の知識層を読者対象として、見過ごされている地方都市の歴史や文化をつづった本なのだ。
著者は上記の9都市を、単に歴史がある町という基準だけで選んだわけではない。中心部は歩いて一巡りできるくらいの小規模な町で、現代都市としての魅力とポテンシャルを有するという基準も加えている。これらの物差しを当てながら、現代の大都市ではお目にかかれないような、人間味あふれる豊かな空間を紹介しようというわけだ。
したがって日本の読者にとってはややなじみのない件もある。逆にそれが韓国好きにとってはたまらないかもしれない。
一読していくつかのことが新鮮だった。一つは、韓国には「城塞都市」が多いということ。古い町の周囲、外部との境界領域はしばしば石積みの塀で囲われている。その多くは歴史の混乱の中で消えているが、中には残っているところもある。城塞は等高線に沿っているので、緩やかな曲線を描いている個所もある。道路も同じだ。この一事から、朝鮮半島は古代から戦乱が多かったこと、都市は城を中心に壁をつくって防御していたことがうかがえる。実際、馬韓、高句麗、百済、新羅と支配者を替えながらも生き延びてきた町もある。
もう一つは、代表的な家屋形式である韓屋についての説明。もともと屋根材は身分を、形状は建物の位階を表していたという。支配階級の両班は瓦葺、庶民は藁葺。入母屋、寄棟など屋根の形式にも格差があった。このあたりは、どの国でも似たり寄ったりなのかもしれないが。
本書には「日本(人)」や「植民地(期)」という言葉が128回登場する。「壬辰倭乱」(秀吉の朝鮮出兵)も多い。日本とのかかわりで朝鮮半島の歴史や歴史的建物が影響を受けたことを示す。
千年の古都・羅州の地図の中には、「羅州学生の行進した道筋」が図示されていた。1929年、当地で起きた反日デモの行進コースだ。日本人の学生が韓国の女子生徒にいやがらせをしたとして韓国の高校生ら反発、10代の若者らがデモをしたのだ。日本統治下だったので、かなりの大胆な行動だった。やがて全国に飛び火し、多数が逮捕された。1919年の有名な3.1運動以来、最大級の抗日事件となったが、厳しい報道管制が敷かれた。地元には羅州学生独立運動記念館もあるそうだ。こういう歴史は日本では忘れられているが、韓国では連綿と教えられていることがわかる。
本書を読んで、改めて隣国の長い歴史や日韓の複雑な関係の一端も理解できた。その意味では、いわゆる韓国好きや、プラタモリ的な街歩き好き、建築・都市計画の関係者だけでなく、多くの日本人にとって有意義な本といえる。
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