集中力を極限まで高め、最高のパフォーマンスを発揮できる状態を「ゾーン」といい、アスリートらは競技に際して、そこに「入る」ためのトレーニングも積んでいるという。五輪や国際大会などでの好成績は、この「ゾーン」の成果なのだ。
アテネ五輪(2004年)のハンマー投げで日本人初の金メダルを獲得した室伏広治さんは、著書『ゾーンの入り方』(集英社)で、最高の結果につなげる集中法を紹介。「ゾーン」はアスリートばかりでなく、われわれも「入る」ことができると解説している。
ハンマー投げは、鉄球をワイヤーでつないだ「ハンマー」を遠くに投げる能力を競う。男子のハンマーは、ワイヤーの長さ1.175~1.215メートルで重さの合計は16ポンド(7.260キロ)。直径2.135メートルのサークルのなかで体を3~4回転させて投げる。4種ある投てき競技のなかでハンマー投げは、投げるというより、行く先はハンマーに聞いてくれとでもいうように力任せに振り回して飛ばしているようにもみえるが、もちろんそうではない。選手はすさまじい集中力を発揮しているという。
競技の世界最高記録は86メートル74、室伏さんの自己ベストは歴代4位の84メートル86。80メートル飛んだときのハンマーは時速100キロ以上。投げた選手の体には300キロ以上の遠心力がかかるという。投てきをするサークルは防御ネットに囲まれていて、ハンマーを投げ出す開口部の間口は6メートル。著者によると、投てきで回転スピードが頂点に達した選手がネットにハンマーを接触させず開口部を通して投げるチャンスは0.04秒しかない。これは、人間が反応できる限界を超えた数値という。
それだけに、ハンマーを放つときは「サークルで回転しながら『だいたいこの辺で投げれば通せるだろう』という感覚で投げる」。投げる方向に対して背中向きになっているところから投げ始めても遅く「聴覚・視覚を介して反応する時間よりも遥かに速い反応で投げている」。いわば、ハンマー投げは「人間が反応できる速さを超えたコントロールが求められる競技」なのだ。
ちなみ100メートル競走でのスタートのフライング判定機は0.10秒に設定されており、これが人間が耳で聞いて反応できる限界の数値という。
こうしたハンマー投げという競技の性質上、現役時代の室伏さんはしばしば、集中力を高める「ゾーン」入りを自らに課していた。その過程で精神が研ぎ澄まされ敏感になり「足裏の接地面が偏っている」など、日ごろは気づかないことまで感じ取れるほど繊細になり、また、プレッシャーでストレスがかかる状態にもなるのだが、こうしたことでスイッチが入り、緊張感を上手にコントロールできるかどうかが「ゾ―ン」入りのカギらしい。
「ゾ―ン」は、何事かに極度に集中しているときに得られる感覚であり、スポーツでは選手らに特別なことが起こったことを感じさせるという。1973年にハンガリー出身の米心理学者、ミハイ・チクセントミハイ氏が提唱した精神状態のことで「フロー」ともいう。日本語では「無我の境地」「忘我状態」「無心」などが適合するようだ。
「ゾーン」を意識していたかどうかはともかく、スポーツ選手らは集中力を高めるためのアクションを行っていた。一躍クローズアップされたのは2015年のラグビーW杯で五郎丸歩選手がキック前に見せた、手を合わせて拝むようなしぐさの「ルーティン」。米大リーグで活躍するイチロー選手が打席に入る前、入った後で行う一連のアクションも、その類型とされる。野球界ではかつて、名選手が好調時に「ボールが止まって見える」と言ったとされるが、それもゾーン体験によるものと指摘されている。米大リーグで先日、大谷翔平選手が打っては3試合連続本塁打、投げては2けた奪三振をやってのけたことに感激した野球評論家は自らのブログで、同選手が「完全にゾーンに入ってます」と評したものだ。
「ゾーン」に入れば、スゴいことができるようだが、室伏さんによれば、それはアスリートに限らずわれわれにもできると述べている。現役生活の晩年は「肉体や年齢の限界を超えることが大事なテーマだった」室伏さんは、体のなかで眠っている神経回路を開き、十分働いていない筋肉を呼び覚まして働かせれば、限界を超えられることを発見。本書の後半で、自ら見出したというトレーニング方法「室伏流エクササイズ」を写真付きで紹介している。それらは広げた新聞紙を片手だけで丸めたり、生活の姿勢のなかでストレッチをしたりなど、シンプルなもので修行的なものではない。
アップルの共同設立者の一人、スティーブ・ジョブズ氏は、いわゆるマインドフルネスに取り組んでいたことで知られるが、その瞑想などにより「ゾーン」に入り、数々のアイデアを生みだしたともいわれる。入れるものなら、入ってはみたくなる。
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