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「保育園落ちた日本死ね」から2年、いまどうなってるの?

経済学者、待機児童ゼロに挑む

 匿名ブログに書かれた「保育園落ちた日本死ね」という恨み節が話題になり、待機児童問題がクローズアップされたのは2016年のこと。以来、解決に向けた取り組みは加速したのだが、残念ながら深刻さは軽減されておらず再び怨嗟の声があがることも考えられる。2017年までの2年間で待機児童数を大幅に上回る規模で受け皿作りが実施されたが、10年前に比べて状況はほとんど改善されていないという。

 このほど刊行された『経済学者、待機児童ゼロに挑む』は、待機児童対策で東京都顧問などを務める経済学者が、自ら3人の子をめぐって経験した入園待機の辛苦をまじえ、なぜこの問題が長期にわたって解決しないのかを解説したもの。ブログの「日本死ね」は、その字面の過激さもあってとりざたされたが実は、手をこまねくしかない構造上の問題に対する嘆きだったのかもしれない。

待機児童は減るどころか...

 待機児童の問題は1990年代半ばごろから顕在化。2009年に全国で2万5000人を超え、前年の1万9000人台から一挙増えた。その後は一進一退を繰り返して、17年は2万6081人だった。数字だけをみれば、この10年ほどの間、改善されていないどころか、悪化しているともいえる状況なのだ。

 だが行政サイドは傍観や放置をしていたわけではない。待機児童増加の推移とともに示されている保育利用児童数の推移をみると10年以降は、待機児童の数を上回る保育の受け皿が作られていることを示している。だが「ある年に受け皿をたくさん作ったからと言って、翌年の待機児童数が減少するという傾向も見られない。これは一体どうしたわけなのか?」と著者は考察する。

 そして見つけ出したのは「隠れ待機児童」の存在だ。行政が把握している待機児童数は限定的なのもので、親が育休を延長して対処している場合でも認可保育所が空き次第入園させようとしている子どもや、自治体独自事業の無認可保育園に入っていながら認可保育の定員が空くのを待っている子どもなどはカウントされていないという。この隠れ待機児童の数は、待機児童数の約3倍に上る。さらに、自治体に認可保育の申し込みをしていない場合など「見えない待機児童」の存在もあり、これを「潜在的待機児童」の合わせた数は「海面下の氷山」であり、統計にあらわれる「待機児童数」は「氷山の一角」なのだという。

 「政府が待機児童対策を行い、海上の氷部分(待機児童)を全部取り除くことができたとしましょう。それで問題解決かというと、そうは問屋が卸しません。すぐに海面下の氷がズズっと海上に浮かび上がり再び大量の待機児童が目の前に現れます」

 市場経済の基本的仕組みによれば、需要増があれば価格上昇があり、利益を求めて供給も増え、需要増は供給増により自動的に満たされ価格も安定に向かうわけだが、こうした市場メカニズムは保育制度のなかで機能しない。それは、行政が参入も価格も規制している「社会主義」型の仕組みにはめられているからだ著者は指摘する。

 保育の大部分を占める認可保育では、保育園の経営者に保育料を自由に決める権限がなく、それを決めるのは政府や自治体。新規開設を決めるかどうかを「認可」して決めるのは行政であり、経営者の判断で自由に設けられるようにはなっていない。著者は「我々は、お上から保育サービスの『配給』を受けているのであり、配給量が足りなくて待機児童が発生する仕組みになっているのです」と指摘している。

「社会主義」型運営の保育制度

 日本の保育園は大きく分けて認可保育所と、無認可保育園と呼ばれる「認可外保育施設」の2種類。認可保育所は広さや保育士の人数や資格者の割合が国の基準を満たしているもので、国や都道府県、自治体から多額の補助金を受けている。収入により異なるが、保育料は無認可より大幅に安い。入園の申し込みは住んでいる自治体に行い、両親の雇用形態や労働日数、労働時間、収入額などを届け出、それらが自治体独自の方法で点数化され、抽選では点数が高い順に希望(第5から第10ぐらいまで提出)に応じた保育園が割り当てられる。

 収入が低ければそれだけ認可保育に入りやすくなる仕組みのはずなのだが、下位希望の場所を割り当てられ、希望はしたものの実際には預けられないというケースもあるだろう。本書で引用された内閣府の「認可保育所利用者とそれ以外の共働き世帯の所得分布」では、認可保育所利用者には高所得世帯が多いことが明らかで、このことは、所得が正社員より低いパートが無認可保育園を選ばざる得ない状況があることを示している。

 無認可保育園は、認可保育所とは違って、公費投入は乏しく保育料はその分高い。一方、所得に応じて保育料が高くなる認可保育所では実際には自治体が低めに設定しているほか、1世帯に複数の園児がいる場合に大幅な割引をする仕組みがある。つまり、制度的に所得の低い方が大きな負担を求められる可能性があるという。

 著者はこれら「社会主義」による待機児童の行列、行政の点数付けによる理不尽な割り当てが招くかもしれない不公平な逆再分配を指摘して、匿名ブログの母親による恨み節にも共感を寄せる。2年前に東京都顧問として待機児童対策を担当しており、その立場からは「待機児童が生じる理由も、その解決のための処方箋もはじめからハッキリしていたこと」と言い切る。本書を刊行した今年は「待機児童ゼロ元年」となるよう期待したい。

  • 書名 経済学者、待機児童ゼロに挑む
  • 監修・編集・著者名鈴木亘 著
  • 出版社名新潮社
  • 出版年月日2018年3月23日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数B6判・256ページ
  • ISBN9784103517115
 

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