音楽・映画などさまざまなジャンルの批評家である佐々木敦氏が雑誌「群像」に断続的に連載してきた文芸批評が本書『新しい小説のために』となって刊行された。佐々木氏の文芸批評における最初の主著である。ゼロ年代の後半あたりから登場してきた川上未映子、諏訪哲史、磯崎憲一郎、円城塔、岡田利規、青木淳吾ら「メタ・リアリズム」の作家たちは本当に「新しい小説家」なのかという検討から論は始まる。
そのため本書と同じタイトルのアラン・ロブ・グリエ『新しい小説のために』(平岡篤頼訳)の分析に第2章はあてられている。「新しい小説=ヌーヴォー・ロマン」は「アンチ・ロマン」とも呼ばれ一世を風靡したが、その難解さが敬遠されがちだった。
訳者の平岡氏の教え子であるサンキュータツオ氏(学者芸人)は朝日新聞書評(2018年1月7日付)で「日本には『私』が主格の日記文学や漱石、芥川の諸作品に、アンチロマン(非あらすじ的な文芸)が存在していたと力説していた」と述べている。
佐々木氏があとがきで強調していることだが、「本書で論じられている『新しい小説』や『新しい私』の『新』という語は、一時的に勃興してはすぐさま消費されるトレンドとは何の関係もない」というスタンスを理解しなければならない。そこで本書の第二部「新・私小説論」に展開されるように、小説における「私」という問題が徹底的に分析される。伊藤整、小島信夫、堀江敏幸のテキストを題材にした論考は精緻をきわめ圧巻である。
文芸評論家・渡部直己氏が提起した「移人称小説」というタームについても多くのページを割いている。「語りの焦点が、一人称と三人称とのあいだを移動し往復する」という手法で現代の作家がよく用いるが、絵画や映画など諸ジャンルの知見も用いた分析は見事である。テキストとされた柴崎友香や山下澄人ら若手作家は果報というべきだろう。
最近の純文学はよく分からないという人に本書を薦めたい。日本文学の伝統と現代作家たちが地続きにあり、日本語のもつ豊饒な可能性について眼を開かれる思いがするだろう。
サンキュータツオ氏も「最高の理屈家の言葉を聞くような心地良い読後感」と書評を締めくくっている。今後の日本文学の評論にあたって参照されることの多い書となることは間違いない。文芸評論家諸氏の反応を見たい。(BOOKウォッチ編集部)
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