とてつもない本である。「本」を語り部にして「本」についての壮大な歴史を語らせている。本格的にやろうとすると、とても一冊では収まらない。それを上手に、軽いタッチで、まるで一編の叙事詩のように、本自身に、コンパクトな自伝として語らせている。
「これからわたしの物語をしよう」と言いながら、「わたし」が話を切り出す。「わたし」とは本である。本書の主人公である。むかしむかし、まだ文字は生まれていなかった。人々は、ただ口で語っているだけだった。数千年前、古代メソポタミアでシュメール人が文字を発明する。それは粘土板に刻まれていた。象形文字だ。
「わたしたちは自分の先祖は粘土板だと考えている」
やがてフェニキア人がアルファベットを発明し、地中海を渡る。フェニキア人には船乗りが多く、海洋貿易に従事していた。古代のギリシャ人やローマ人がさらに工夫を重ねた。口で話す言葉が、文字として書き写されることが広まり、本が誕生する。
著者のジョン・アガード氏は、詩人で劇作家、児童文学者だという。ガイアナ生まれで数冊の著書があるようだ。それ以上に、詳しい経歴は分からない。
「わたし」はさらに「自分史」を語り続ける。アルファベットの中でも特に「P」の文字が大好きだと告白する。なぜなら「Papyrus(パピルス)」「Parchment(羊皮紙)「Paper(紙)」「Printing Press(印刷機)「Publisher(出版社)」など本にまつわる用語にはPがついていることが多いからだ。もちろん「Poem(詩)」も大好き。
本とは「ポケットの中の庭」であり、「記憶の家」だという。今日までなんとか生き延びてきたが、かつて中国では焚書坑儒で焼かれたこともある。その後もあるときは宗教の争いでキリスト教徒によって、20世紀に入ってもナチスによって焼かれた。サラエボの国立図書館ではセルビア人兵士によって100万冊以上が焼かれた。「わたしたちを助けようとした人はだれであれ、射殺された」。そうした蛮行はちょっと前に、文字が生まれた地、イラクの図書館でも繰り返された。
こうした迫害と受難の歴史を振り返りながら「わたし」はドイツの詩人、ハイネの詩を紹介する。
「本を焼き捨てる人々は 最後には 人類を焼くようになる」
本の誕生から現代までを、本自身に語らせるという想像力ゆたかな試み。平易な訳なので、小中学生のための読書感想文には最適だろう。それだけではない、話題の『君たちはどう生きるか』と同じように、大人が読んでも味わいがある。
ほとんど無名の著者のこの本に注目し、翻訳出版を思い立った関係者に敬意を表したいと思う。
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