作家の父という視点から書かれた小説、伝記というのは珍しいのではないだろうか。『銀河鉄道の夜』などの作品で知られる宮沢賢治(1896~1933)は、著書も多いが、さらに研究書が多いことでも知られる。日本を代表する国民的詩人・作家として、海外でも人気がある。郷土の岩手を愛しながら、宇宙的雰囲気をたたえた作品を残し、私生活では熱心な法華信仰を貫いた。本書は、賢治の誕生から37歳の早すぎる死までを父・政次郎の眼で描いた伝記小説である。
賢治の生家は古着屋と質屋を営む裕福な商家だった。政次郎は地元の名士だったが賢治を深く愛し、赤痢などで賢治が入院すると看病し、二度も体調を崩すほどであった。「質屋に学問はいらない」という祖父を説得し、中学に入れたのも政次郎であり、卒業後に家業を手伝ったが鬱々とした日々を送る賢治に盛岡高等農林への進学を許したのも政次郎だった。
その後も就職した農学校を退職し、創作活動に打ち込む賢治を経済的にも精神的にも支えた。しかし、浄土真宗を信仰する政次郎と日蓮宗に折伏しようとする賢治は対立し口論する。
息子を愛するがゆえに才能を信じ、好きな道を歩ませながらも父子の葛藤は続いた。賢治の側からすれば、当時、圧倒的に貧しかった農村地帯で裕福な家に生まれたということが「贖罪」をモチーフとする作品につながったと考えられる。
生前ほとんど無名に近かった賢治だが、政次郎と弟清六の尽力もあり、広く知られるようになった。「宮沢賢治」伝説の多くも政次郎らに負うところが大きい。
著者の門井慶喜氏は『家康、江戸を建てる』などで直木賞候補2回の新進作家。ネット上には本書を読み「涙した」というコメントが多い。「聖人君子」のようなイメージのある宮沢賢治にも、切れば血が出るようなエピソードがあり、悩み苦しみながら短い生涯を終えたと知り、作品への理解も増すのではないだろうか。
奈良岡聰智・京都大学大学院教授(近代日本政治外交史)は、週刊現代(10月28日号)の書評で「いくつかの場面では涙なしでは読めなかった。賢治の作品を読み返したくなること必定の傑作である」と高く評価している。
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