旧石器時代の祖先たちが描いたラスコー洞窟の壁画はあまりにも有名だが、動物たちの絵以外にも洞窟内に数々の幾何学模様が刻まれていることはあまり知られていない。芸術的な壁画ではなく、その脇に描かれた見落とされがちな幾何学記号に注目したのが、本書の著者・ジェネビープ・ボン・ペッツィンガーだ。出版当時にビクトリア大学人類学博士課程の身で、ヨーロッパ中に350か所以上ある氷河期の洞窟遺跡を調べ上げ、5000以上の幾何学記号をデータベース化してした。
当然のことだが、この仕事は簡単ではない。例えば、スペインのクドン洞窟の調査にあたっては、暗闇の中を匍匐前進で530メートルも進み、赤い顔料でつけられた点を撮影する。データベース構築のための幾多の冒険談も本書の読みどころの1つだが、何といってもメインテーマは、これらの幾何学模様は、最古の文字なのかという謎の解明にある。
「人間が人間たる精神的な営みの痕跡」を探し続けた著者はある時、集めた5000もの幾何学記号がわずか32種類に集約されることを発見する。しかも、点、線、山形、手形、×印矢印、三角形、四角形、屋舎記号......など、32種類の記号は長い期間にわたり、広い範囲に共通して描かれていた。これが意味することはとても重要なのだ。
多くの地域で使われた記号が共通していたという事実は、当時の絵画師が偶然同じ文様を描いたわけではないことを意味する。つまり、当時の人類は共通の記号体系を持っていたと考えられるのだ。果たしてそれは「最古の文字」といえるのか? 著者は、当時の人類の"思い"を推察しながら、立てた仮説を検証していく作業を繰り返す。
結論に至るまでに紹介されるさまざまな発見も、メインディッシュを引き立たせるいい味付けになっている。例えば、フランスの遺跡で発見された1万6000年前のシカの歯の首飾りにはさまざまな記号が彫られている。これを詳細に分析し、著者はついに物語の口承や儀式での暗誦の記憶補助として用いられたのではないかと推測する。また、最古の地図や音楽の始まりについても考察を披露するのだが、どれも太古へのロマンをかきたてる。
本稿では、発見された32種類の記号群が最古の文字なのかどうかの結論は伏せる。ぜひ、著者の深い洞察と科学者としての冷静な判断を自分の目で確かめてほしい。彼女の講演が記録されたTEDトークが225万回再生されたというのは十分うなずける、読みごたえたっぷりの一冊だ。(BOOKウォッチ編集部・スズ)
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