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なぜ? 普通の家の「窓からの眺め」に世界が共感。始めた人・バーバラ・デュリオさんに聞く

中津海麻子

中津海麻子

世界の家の窓から

 新型コロナウイルスが猛威を振るい始めた2020年3月。ネット上に1枚の写真が投稿された。写っていたのは、オランダ・アムステルの部屋の窓から見える風景。Facebookのグループ「VIEW FROM MY WINDOW(VFMW)」は、こうして静かにスタートした。

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Barbara Duriau オランダ・アムステルダム 2020/03/26 19:53
「私のホームオフィスより。小さな机、小さな窓、そして大きな物語!」

「コロナ禍で世界の動きが止まってしまった。私が暮らすオランダもロックダウンし、自由に出かけられない状況はとても窮屈でした。一人で暮らす私は、誰かとつながることができる何かをみんなと作り、共有したいと考えたのです」

 VFMWを立ち上げたベルギー人グラフィックデザイナー、バーバラ・デュリオさんはそう語る。最初は母国の友人たちが、その後、アメリカで暮らす妹などが投稿やシェアをしたことで爆発的に広がり、3週間で100万人もの人たちが参加。現在では全世界で350万人以上がメンバーになっている。

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初来日したバーバラさん。普段はベルギーとオランダを拠点に活動している。

リアルで、美しく尊い景色がある

 海や山、砂漠、雪景色など大自然の美しい風景が眺められる部屋もあれば、アフリカでは野生のゾウの群れがゆったりと歩き、ペルーではふわもこのアルパカがのんびりと草を食む。カタールの近代的なビル群はまるで未来都市のよう。窓を開けると目の前に隣のマンションの壁、という写真からは日本の住宅事情も垣間見られ......。バーバラさんはこう語る。

「自宅のソファでくつろぎながら、まるで世界を旅しているみたいな気分に。有名な観光地ではなくても、その地に住んでいる人だけが見ることができる、リアルで、美しく尊い景色があるのだと感動しました」
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ペルー・カルカからSolara Ananiさんの投稿。ダイニングの窓の外にはアルパカが。

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カタール・ドーハからReza Farhadiさんの投稿。大きな窓の外には近未来都市が広がる。

 一方で、ロックダウンで人が消えた街の様子や、窓がないバングラデシュの難民キャンプ、ガムテープで飛散防止をするウクライナの2022年2月の窓の写真に、コロナ禍だけでなく、戦争や格差といった世界を分断する現実を目の当たりにする。

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ウクライナ・キーウからAnastasiia Tykhaさんの投稿。2月25日の朝。

 多くの人が写真に風景や状況の説明を添えているが、中には不安や孤独を吐露したり、「人生の物語」を綴る人も。離れて暮らす家族へ思いを馳せ、失ったペットとの思い出を振り返る人もいる。写真を撮影した人たちの数だけ人生があり、生活があり、大切なものがある。国や人種が違えど、見知らぬ人であろうと「私たちは共感できる」という感覚で心がじんわりと温まっていく。

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アメリカ・ホワイトフィッシュからPearl Galbraithさんの投稿。コロナで「当たり前の日常」が得難いものに。

いつまでも手元に置ける「宝物」に

 昨年秋、日本版書籍『世界の家の窓から 77カ国201人の人生ストーリー』(主婦の友社)が完成した。バーバラさんは前書きに、VFMWへの思いをこう綴っている。

「当初は、自分の家の窓からの写真を投稿する、という、ごくシンプルなアイデアが、世界中の何百万の人々を結びつけること、多くの人の命を救うかもしれないこと、人々の想像力を広げ、思いをシェアするきっかけになることなど、想像もしていませんでした。世界を探検し、孤独から抜け出し、コミュニケーションを取るための、新たな手段になるとは」
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「ネットから本に。さらにいろんな形で広がっていってほしい」

 SNSはときに誰かを攻撃したり、人と人との対立を生んだりとネガティブな方向に働くこともある。しかしVFMWは、「何かをジャッジしたり、ひけらかしたりすることがない」とバーバラさん。「窓からの眺め」という、ただ一つの共通項のもと、世界のどこかで暮らす誰かの写真に心を寄せ、シェアしたりコメントしたりする。そんな優しいコミュニティになっていった。

 日本版に掲載されている写真は201点。書籍の編集担当者がFacebookのメッセンジャーで掲載許可を申し入れ、連絡が取れた投稿者の写真だ。国は77カ国にのぼり、承諾を得るために翻訳アプリを駆使したそう。SNSやアプリといった技術が進化した今の時代だからこそ、本として完成した作品でもあるのだ。

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昨年10月に主婦の友社から出版された。

 また、バーバラさんは「もしも明日Facebookがネット上から消えてしまったら、VFMWにたくさんの人が投稿してくれた、たくさんの写真は消えてしまう。本という形になったことで、いつも、いつまでも手元に置いておける『宝物』になる」と語り、こう続けた。

「最初から順番にページをめくってもいいし、ふと開いたページの写真を眺めてもいい。コロナが終わったらこの写真の場所に旅をしようとガイドブックのように使ってもらっても。有名な観光地とは違う、ちょっとシークレットで、なによりそこで暮らす人々の息遣いや温度が感じられる旅ができるはずです。本を持つ人、読む人の分だけ楽しみ方がある。それもまた、本の魅力ですね」

 とくに気に入っているのは、ベルギーと日本の投稿写真を見開きに配置したページだ。「ベルギーらしさと日本らしさの対比が素晴らしい」と語る。

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ベルギー・スハールベークからSteve Jakobsさん(左)、京都からRobert Yellinさんの投稿。

日本の窓から見える風景が楽しみ

 日本版の出版を機に初来日したバーバラさん。「日本に来ることは夢だったの!」と笑顔が弾けた。

「いろんなもののデザインがミニマムでシンプル、古いものと新しいものが共存している。こんな文化は世界でもあまりなく、とても素晴らしい。それに、なんといっても食べものが本当に美味しい! 大好きな刺身やしゃぶしゃぶはもちろん、いろんな場所のいろんな日本の味をとことん楽しみたいわ」
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「日本の原風景を見たくて」選んだ行き先は...。

 東京でイベントなどをこなしたのち、香川県や岐阜県の馬籠宿などに滞在。古民家を借りるなど、日本の生活様式を味わってステイを満喫するという。「日本の窓からどんな風景が見えるのか。とても楽しみ」とバーバラさんは微笑んだ。

 VFMWには、ウィズコロナとなった今も世界中の人たちからの投稿が続く。

「Facebookから本が生まれましたが、これからは、たとえば展覧会やドキュメンタリーなどに広がってもステキ。インターネットから飛び出し、さらに世界中の多くの人たちがVFMWを通じてつながれたらうれしいですね」

取材・文/中津海麻子、通訳:安藤真弓

協力:主婦の友社、C-パブリッシングサービス


  • 書名 世界の家の窓から
  • サブタイトル77ヵ国201人の人生ストーリー
  • 監修・編集・著者名主婦の友社 編
  • 出版社名主婦の友社
  • 出版年月日2022年10月31日
  • 定価1,815円(税込)
  • 判型・ページ数A5判・256ページ
  • ISBN9784074522682

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