「人事評価制度があれば、従業員がやる気を出すはず」
そう考える経営者は、特に中小企業、ベンチャー企業に多い。人事評価の基準が透明化され、昇給するには何をすればいいのかが明確になるため、従業員は仕事に励むようになる。そうなればきっと業績も向上するはずだ。経営者は頭の中でこんな皮算用をする。
『中小ベンチャー企業を壊す! 人事評価制度 17の大間違い』(白潟敏朗著、すばる舎刊)は中小ベンチャー企業経営者のこんな期待を一蹴する一冊。人事評価制度にまつわる誤解を指摘し、その性質と本来の導入の意味を説いていく。
なぜ人事評価制度はこうも経営者の期待を集めるのか。今回は著者である白潟総合研究所代表取締役社長の白潟敏朗さんと同社取締役の石川哲也さんに、この背景について語っていただいた。
――人事評価制度に関する本が多く出回るなかで、ほとんどは中小企業が人事評価制度を導入することで「業績アップにつながる」「人材育成に効果的」「従業員のモチベーションが向上する」など、会社にとってメリットがあるとしています。ただ、今回の白潟さんの本はそうした「効果効能」を明確に否定されています。経営者側が人事評価制度にこのような過大な期待を抱いてしまう現状も指摘されていますが、なぜ経営者は人事評価制度に大きな期待を持ってしまうのでしょうか?
白潟:私はコンサルタントとして34年間で1万人以上の経営者の方々とお会いしてきました。その中で感じることは、「なんでも解決できる魔法の杖」を求めているんですよ。そしてその願望にフィットするのが人事評価制度なんじゃないかと。
これは我々コンサルタントの中に、あたかも人事評価制度を採り入れれば、あるいは採り入れて人事評価制度を変えれば、会社の問題がすべて解決するかのように話す人がいるからでもあるんです。結果、経営者は「魔法の杖」が本当にあると思い込んでしまう。
――そういうコンサルタントは人事評価制度によって会社の業績が上がったり、社員のモチベーションが高まると真面目に信じているんですか?
白潟:どうでしょうね(笑)石川さんどう思いますか?
石川:仕事がら様々なコンサルタントの方々にお会いしますけども、一定の基準を超えたコンサルタントでそれを本当に信じている人には会ったことがないですね。
白潟:まさしくその通りで、中小企業を元気にしたいとか、社長を元気にしたいということを第一に考えているコンサルタントであれば、人事評価ですべてが好転するとは考えないはずですよ。
石川:我々コンサル業界の罪といえるのかもしれないです。「人事評価制度で業績アップ」「新しい評価制度で従業員のモチベーションアップ」と打ち出した方がコンサルタント側の売り上げは上がる、ということなんだと思います。コンサルタント側のマーケティング上の事情によってこうした誤解が広がっているというのは言えますね。
――コンサルタント側のマーケティングのための謳い文句が、「魔法の杖」を求める経営者に刺さってしまう、という。
石川:ただ、それはあくまでも「広告文句」であって、実際はそういうコンサルティング会社のコンサルタントも、まっとうな人であれば人事評価制度だけで業績が上がるなんて考えていないと思いますし、コンサルティングに入る会社では「人事評価制度が何かを解決することはありません。組織を変えたいならばミドルマネジャーの育成など他のところに力を入れるべきです」と説いていると思いますよ。
――なぜ、人事評価制度が中小企業の経営者たちを惹きつけるのか疑問なのですが、多くの企業はそもそも人事評価の基準がなかったりするんですか?
石川:そういう会社はすごく多いですし、そもそも人事評価制度がない方が、集団としては自然な状態ですよね。家族内で旦那さんが奥さんを評価しますか?という話で。
白潟:従業員数が20から30人くらいの会社だと、人事評価制度がない方が普通ですね。
――では給料をあげたりとか昇進させたりというのは経営者自身が決めるというスタイルが多いわけですか?
白潟:そうですね。社長が管理職の意見を聞きながら決めるというパターンが多いと思います。人事部がなかったり、人事を専任でやる社員がいないことも多いですからね。
石川:そこもポイントですよね。人事部って組織や会社の根本的な機能としては極論不要なんです。必要なことは商品を作ったり売ったりすることなので。でもそれだけやっていると会社が回らなくなるタイミングが来るから人事部を作るわけです。
ただ、経営者が人事を自らやっていたのをやめて、部門として切り離すあたりから、急に人事って難しくなるんですよ。
白潟:人事部ができて人事を専任でやる人が出てくると、彼らも仕事をしていることを見せないといけないので、人事評価制度を入れましょうとか、人事評価制度を変えましょうと言い始める。
――彼らとしても会社を良くするつもりでやっているんですよね?
石川:もちろんそうです。人事に携わる人は、基本的にみんな社員想い・会社想いだと思います。とても一生懸命で、サボってる人はほとんど見たことないです。
問題は人事部で働いている人たちに対しても人事評価制度が「魔法の杖」であるかのように見えていることだと思います。 社員からも「人事評価制度がおかしい!もっと公平に評価されるようにしてほしい!」などの声が聴こえてくると、どうしても人事評価制度を変えたくなってくる。
ただ根本的な問題として、人事評価制度って所詮はただの制度なんです。制度やルールで組織が変わるなんてことはありません。悪い状態を普通にすることはできても、普通に回っていた会社がさらに良くなるなんてことは絶対ない。人事評価制度ってそういうものなんです。
――白潟さんや石川さんもコンサルタントとして中小企業の経営者と対することが多いかと思いますが、どういったプロセスで組織を変えていくのですか?
白潟:たとえば、社長が「人事評価制度を変えたい」と言ってきても、変えることはほぼありません。先ほど石川がお話ししたように、人事評価制度はあくまでただの制度でありルールなので、それが組織の課題になっているわけではないですよ、という話をします。
本質は人事評価制度ではなくて、評価をする側の管理職や幹部をいかに育成するかなんです。
――それは話しているうちに経営者の方々も気づくことなのですか?
白潟:時間をかけて経営者の方と話すうちに、ほとんどの方には気づいていただけます。質問をしながら社長の思いを引き出していると、どこかで「これ、問題は人事評価制度ではなくて、評価者(管理職)だね」となる。
石川:中小企業の社長が人事評価制度を入れたり、作り変えたりということを思いつくのって、たとえば会社のミッションに共鳴していなかったり成果を出せていなかったりといった、乱暴な言葉でくくるなら「やる気がない人たち」をどうにかしたい、という思いからくることが多かったりするんですよね。
ただ、やる気がない人に対して評価制度を作って「これだけがんばったら給料が上がるよ」というのを見せてがんばるようになるかというと、基本的にはそうはならないわけです。
一方でやる気がある人や仕事ができる人は人事評価制度がない時期でも職場内で高く評価されていますし、モチベーションも高いので、人事評価制度が導入されても働きぶりは変わりません。できない人はできないままだし、普通な人は普通なままだし、できる人はできるままです。
白潟:実際は人事評価制度を入れたことで従業員のモチベーションという点では悪化する可能性すらあります。「2・6・2の法則」というのがありますが、上位2割の従業員は石川が言ったように、人事評価制度があってもなくてもがんばるんです。下位2割の人も同様で人事評価制度ができたところでやる気を出すかというとそうはなりません。
問題は中間の6割の人です。彼らは社長や人事部長が人事評価制度を作ります、あるいは改定しますと言うと、自分が適切に評価されて給料が上がるんじゃないかと期待する。
石川:これは私も前職で経験があります。人事評価制度が変わるよ、給料が上がるよと言われて「これは俺上がるわ」と思っていたら、全然上がらなかった(笑)。中間の6割に関しては、期待していた分だけモチベーションが下がるんです。
それにもかかわらず、多くの会社は2、3年に一度人事評価制度を改定するんです。これは2、3年に一度中間の6割の人のやる気を落としているとも言えます。
もちろん外部環境・内部環境の変化に合わせてチューニングしていく必要は絶対的にあるんですが、大きな変革はやらないで済むなら基本的にやらないほうがいい。
白潟:だとすると、トータルでは人事評価制度なんて入れない方が会社にとって得だという見方もできますよね。だから我々はそこには手をつけないんです。
(後編につづく)
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