9月20日、待望のラグビーワールドカップ2019日本大会がスタートする。
日本代表チームは本当に「過去最強」と言われるほど強くなったのか? そしてまた、本大会でどこまで勝ち進むことができるのか?
『オールブラックス 圧倒的勝利のマインドセット』(学研プラス刊)の著者で、80年代に清宮克幸氏らとともに華麗なプレーで早大ラグビーの黄金期を築き、その後日本代表も務めた今泉清氏に、現在の日本代表チームの実力と今後の課題について聞いた。
(インタビュー:渡辺稔大、撮影:干川修)
──いよいよラグビーワールドカップが開幕します。9月6日に行われた壮行試合では、日本代表は南アフリカ代表に7-41で完敗。4年前のジャイアントキリングの再現を期待したファンには、世界トップレベルの壁の厚さを感じた試合となりました。
今泉:確かに地力の差を見せつけられた試合でしたが、それでも、あの試合には大きな収穫があったと思います。
──具体的にはどういった収穫でしょう。
今泉:最大の収穫は、世界4強の一国である南アフリカが、120%の本気を出して向かってきたということ。南アフリカが、ニュージーランドやイングランド、オーストラリアと対戦するときの本気モードで来ていた。ここに価値があるんです。
──それだけ日本代表の実力が認められている、と。
今泉:かつて世界4強が日本と対戦するときには、「相手が日本だから、ちょっと試してみたい選手を使ってみようか」というスタンスで試合をしていました。けれども、先日の南アフリカはベストメンバーで、本気で日本を叩き潰すという意気込みで臨んでいました。この試合で自分たちの真の実力と、チームが克服すべき課題が確認できたと思います。
──その背景には、あの4年前のラグビーワールドカップの日本の勝利があったわけですね。
今泉:もちろんそうです。今回の試合で南アフリカと日本の対戦成績は1勝1敗の五分。南アフリカとしては今後、最低でも勝ち越さないと腹の虫が治まらないはずです。今後も、彼らは本気モードでぶつかってくることでしょう。
──今の日本の強さは、どういうところにあるのでしょうか。
今泉:日本は7月以降、フィジー、トンガ、アメリカ、それぞれ相手に合わせて戦い方を変えて勝利を収めています。かつての日本代表チームは「日本のラグビーを貫く」と言って、どの国が相手であろうと同じ戦い方でぶつかって結局、勝てなかった。
しかし、今の日本代表チームは相手に応じたゲームプランを組み立て、プラン通りの戦い方をして勝っています。「相手に応じて戦い方を変えることができる」という強いチームの条件が整ってきています。
──では、勝利できた国と南アフリカとの差はどのあたりにあったのでしょう。
今泉:南アフリカと対戦して、おそらく日本の選手たちが一番驚いたのは、相手のフォワードと当たっても、全く動かせなかったということ。他国との対戦では、ぶつかって前に進むことができた。これに対して、南アフリカはまさに緑の壁。ぶつかっても動かないどころか、強力に押し戻される。やはり世界の4強ともなると、簡単に前に出ることはできません。
──まともに当たれないとなると、どういう戦い方が考えられますか。
今泉:やはり真っ向からぶつかるというより、相手をかわしながら、ずらして当たるような工夫が必要でしょう。
そして、自分たちの強みを相手の弱みにあてるという戦略も求められます。
もちろん「弱み」といっても強豪国の些細な弱点でしかなく、世界基準でいえばアベレージ以上のレベルではありますが。タックルにしても、少なくとも重量級のフォワードに正面から当たるより、比較的軽量なバックスのようなところに当たらせたほうがいい。
──なるほど。
今泉:戦略という言葉は、「戦う」+「略する」と書きます。この「戦」と「略」の間には、本来「省」という文字が入ります。要するに、「戦いを省略する」というのが戦略の本質です。できる限り無駄な戦いを省いて、いかに合理的な戦い方をするかが重要です。
その意味では、南アフリカはほとんど無駄なプレーをしていなかった。彼らがタテに入るときは、日本チームの比較的弱い選手を徹底して狙っていました。勝てるところで勝負していたということです。
──すでにワールドカップ本戦は目前ですが、日本代表の戦略は修正可能でしょうか。
今泉:十分間に合います。別に技術や基礎体力が足りないということではありませんから。
やはり日本は「低いプレー」がカギを握ると思います。前回、南アフリカに勝利したときには、タックルやモールなど、日本人ならではの「重心の低いプレー」が相手の脅威となっていました。この低いプレーをもう一度思い出してほしいですね。
──率直に、日本は本大会でどこまで行けますか。
今泉:決勝トーナメントに進出できると思いますよ。スコットランドに勝てる可能性はあります。
ポイントは20日の開幕戦です。ロシア戦の開始10分〜15分が最初にして最大の試金石となるでしょう。もちろん絶対に勝たないといけないですが、問題は勝ち方です。しっかり4トライとって、相手にはトライを取らせない。7点差以上引き離す。勝ち点5をしっかり取ることが求められます。
──そのお話をうかがって、開幕が楽しみになってきました。
ところで、ここまで日本代表が我々をワクワクさせてくれるのは、それだけ強くなってきたという証拠でもあります。今泉さんは、1995年南アフリカ大会の日本代表としての経験もお持ちですが、当時と現在の日本代表の大きな違いはどこにあるのでしょう。
今泉:僕らの時代とは、とにかく代表チーム全体のマインドが全然違います。僕がチームの一員としてワールドカップに行ったとき、スタッフはゴルフの道具を持ってきていましたから。
──ゴルフ道具、ですか?
今泉:そう。ゴルフをするために南アフリカに来ていたんです。で、選手たちは練習が終わったらカジノに行って、酒を飲みながらカジノ三昧。
南アフリカの警備担当の人たちが、嘆いていました。「お前たちはワールドカップに何をしに来たんだ? ゴルフとカジノに来たのか?」と。僕も悲しかったですよ。そのくらいの意識の低さだったんですから。
──南アフリカ大会では、日本はニュージーランドに17-145で大敗を喫した記録が残っています。
今泉:今にしてみれば、あれがディープインパクトとなり、一つの転換期になったと言えます。
ただ、そこですぐに変革できたわけではありません。世界のラグビーが完全プロ化されたのが1996年(1995年に国際ラグビー評議会でラグビーユニオンがプロフェショナルスポーツであることを宣言)。日本はその流れに乗り遅れてしまいました。
周りがどんどん進化しているのに、「日本」という井戸から出ようとしないまま、茹でガエル状態になってしまった。当時、日本ラグビーのビジョンやミッションを明確にできなかったことが問題だったと思います。
──そこから、どのように状況が変わってきたのでしょうか。
今泉:外国人コーチを積極的に招聘したことが大きかったと言えます。徐々に、世界のラグビーに目を向けるようになってきたということです。
──その中からエディー・ジョーンズさんのような指導者も出てきた。日本代表が、前回(2015年)のワールドカップで躍進したとき、ヘッドコーチだったエディーさんの卓越した指導法が大きな話題となりました。
今泉:実はエディーさんは最初から指導者として完成されていたわけではありません。彼のコーチとしてのキャリアのスタートは日本の東海大学でした。コーチングは、そこから手探りで身につけていったと思います。
エディーさんがなぜ成功したかというと、目的、目標、手段が明確だったからです。
目的は日本ラグビーの歴史を変えること。それまでは世界から「日本人にはラグビーは無理だ」「日本は100年たっても、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ、イングランドの世界4強には勝てない」というレッテルを貼られていました。
──そのレッテルを覆そう、と。
今泉:エディーさんはこう言いました。「君たち日本代表は、なんのために存在するのか。世界中が日本人はラグビーができない、ラグビーは無理だと思っている。その価値観を変えるために君たちが存在するんだ」。つまり、「日本人にもラグビーができることを証明する」というのを明確な目的にしたわけです。
──それは、強いモチベーションになりますね。
今泉:その目的の下、1日5回のハードな練習を、1年間、通算173日続けてやった。とんでもなくハードだったんですけど、キツいときに誰かが「歴史を変えるのは誰なんだ!」と叫ぶと、みんなが「俺たちだ!」と言いながら自らを奮い立たせた。
──痺れるエピソードです。
今泉:エディーさんは歴史を変えるという目的を達成するために、ワールドカップのベスト8入りという高い目標を設定しました。そのためには、南アフリカを倒さなければならない。
──すべてが明確ですね。
今泉:そういうしっかりした設計図に沿ってトレーニングをしていきました。ちなみに「トレーニング」の語源は「トレイン(列車)」でもあり、確実に目的に向かう行為を示しています。無目的にがむしゃらに続ける練習はトレーニングとは呼べません。「これをすると、確かにこの目標に行けますね」と思える練習だけがトレーニングです。
例えば、中学生の頃を振り返って、部活の練習をしているときに「この練習って、試合のどこにつながるんだろう?」と、疑問に思うようなことってありませんでした?
──ありました。
今泉:それはトレーニングじゃなくて「鍛錬」なんです。試合につながらない練習は、練習のための練習でしかない。エディーさんがよく言っていたのは「試合のように練習をし、練習のように試合をしなさい」ということです。そうでなければ試合で使える動きにならないから。まさにその通りだと思います。
――日本代表は、エディー体制から、ジェイミー(ジェイミー・ジョセフ:現日本代表ヘッドコーチ)体制へと移行しましたが、選手間で「目的」はしっかり共有されていると考えて間違いないでしょうか。
今泉:私が見る限り、共有されていると思います。「2019年のワールドカップ日本代表はなんのために存在するのか」その目的が明確になっていて、選手たちが納得して腹落ちしていれば、あとはそれに伴って行動するだけです。
ジェイミーは、「僕ではなくて、われわれのスタッフ全員のことを信じてほしい。信じてやっていけば、勝つことになるから」とよく言っています。そのスタンスで結果を出してきているので、選手とコーチングスタッフの信頼は強固になっていると思いますよ。
──お話をうかがっていると、フィジカルや技術はもとより、目的を持ってそれを実践するマインドの要素が非常に重要であると感じます。
今泉さんは御著作『オールブラックス 圧倒的勝利のマインドセット』の中で、世界最強とも言われるニュージーランド代表・オールブラックスの「勝率75%の舞台裏」について書かれています。彼らは「どんな時でも必ず勝つ」というマインドセットを身につけていて、それが驚嘆するようなビッグプレーを生み出すのだとおっしゃっていますね。
今泉:スポーツのチームに限らず、会社にも経営理念があると思いますが、そもそも理念には行動が伴わないと意味がありません。行動は教えてできるものではなく、自分たちが行動しながら問い続けないといけないんです。
オールブラックスがまさにそうで、高い理念と高い技術が車の両輪となって機能しています。他国を凌駕する強さの秘密は、技術すら超越する理念そのものと言っていいと思います。
今自分たちがやっている行動は、自分たちの理念と照らし合わせたとき、本当に正しいのか、間違っているんじゃないか......と、絶えず問いながら自己修正していく。それができるというのが、いいチーム、いい組織の条件です。
──オールブラックスのような強者でも、というか強者だからこそ、常に自問自答しているということですね。
今泉:実は一時期、彼らの意識が驕りに傾いて、ファンサービスを軽視した時期がありました。それはちょうどチームとして低迷期に入った時期とも重なっていました。そしてその時、ヘッドコーチに就任したグラハム・ヘンリーが「Better people makes better All Blacks.(すばらしい人間がすばらしいオールブラックスになる)」という指針を掲げたのです。
彼らは「オールブラックスはニュージーランド人の希望」というプライドを持って、「世界に最高のラグビーを見せる」という使命を果たすために、すばらしい人間であろうと努力しているんです。
──そういうマインドの持ち方は、私たちにとっても重要だと思います。
今泉:僕は小学校で、タグラグビーの実演と講演をさせていただくことがあるのですが、そこで教えているのは「負けない心、自信のつくり方」です。
日本の子どもたちは、過去にうまくいった経験がないと自信が持てないと思い込んでいる。でも自信は、文字通り「自分はできる」と信じることで身につくものなんです。
──過去の経験とは無関係ということですか。
今泉:例えば強いチームと当たったときに、「勝てるわけないじゃん」と思いながら試合をして負けたら、「ほら、思ったとおりだ」となりますよね。でも「勝てる」と思って臨んで負けたら、「おかしいな、頭の中では勝っていたはずなのに、負けちゃったな。何を変えればいいんだろう」と考えるから、どんどんやり方を修正していく。
──なるほど。マインドが変わると、やり方も変わっていく。
今泉:自信は自らがつけるものであり、自分の将来も自分が作るものです。今の自分に納得がいかないなら、マインドセットを変えればいいんです。「自分はできる」と思って行動した積み重ねが未来をつくるわけですから。日本代表チームばかりでなく、我々日本人すべてにとって、オールブラックスから勝利のマインドセットを学ぶ部分は大きいと思っています。
──さて、そのオールブラックスは、現在ワールドカップ2連覇中で、今大会では3連覇がかかっている状況です。どうご覧になっていますか。
今泉:死角はないように思いますが、ただ、あえて懸念材料を挙げるなら、この日本の高温多湿な気候が吉と出るか、凶と出るかが未知数です。
――環境がかなり違うということでしょうか。
今泉:やはり高温多湿の中でのプレーは、体力の消耗が大きいですから、それがどれくらい影響するかだと思います。もっとも彼らも、この3年間に日本でのプレーも経験していますし、事前データもつかんでいるでしょうから、オールブラックスにとっては微々たる影響かもしれません。
──当然、日本でのプレーを想定した対策を講じている...
今泉:そう思います。それが本当に的を射ているかどうかは、本番になればわかるでしょう。
――私たちが、オールブラックスの試合を見るときに、「ここに注目すると面白い」というポイントがあれば教えてください。
今泉:オールブラックスの強さの秘密の一つは、コミュニケーションにあります。かつてのオールブラックスは、劣勢になると個人プレーで打開しようとして負けるパターンがあったのですが、現在は勝負所で円陣を組んでチームトークをしています。
──円陣にどういう意図があるのでしょう。
今泉:全員の集中力をオンにして、どうすべきかを共有するんです。なので、オールブラックスが試合中、プレーとプレーの合間に、フォワードはフォワード、バックスはバックスで集まって少人数で話しているその輪っかを見てほしい。輪っかがきれいだったら多分大丈夫です。
輪っかがちょっと乱れていたり、その輪っかに入ってない人がいたりしたら、「ん? これ、ちょっと怪しいんじゃないの?」という感じだと思います。細かい技術云々がわからなくても、そこを見ていただくと、「あれ、輪っかが乱れてるな。ちょっと、チームがバラバラなんじゃないの?」というのがなんとなくわかるはずです。
──それは面白い見所ですね。日本代表の試合と合わせて、ますますワールドカップが楽しみになってきました。本日は素敵な話をありがとうございました。
(了)
1967年東京生まれ。6歳でラグビーを始め、大分県立大分舞鶴高校ではフランカーとして高校日本代表に選ばれる。早稲田大学時代は在学中4年間で関東大学対抗戦優勝2回、大学選手権優勝2回、日本選手権優勝1回を経験。卒業後はニュージーランド留学を経てサントリーで活躍。1995年ラグビーワールドカップ南アフリカ大会日本代表、7人制・10人制日本代表にも選出された。現役引退後は母校・早稲田大学ラグビー蹴球部コーチとサントリーフーズコーチを同時期に兼任するなど後進の指導育成に尽力。現在は日本代表・トップアスリートだった経験を活かして人材育成パフォーマンスコンサルタントとして活動する傍ら、日刊スポーツのラグビー評論、CS テレビチャンネルJ SPORTS で解説者を務めている。
『オールブラックス 圧倒的勝利のマインドセット』
今泉清著、学研プラス刊
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