新語・流行語大賞にもノミネートされた「働き方改革」は、まさに2017年を象徴する言葉の一つだった。ブラック企業に対する批判の声は、働きやすい環境の改善運動につながり、これまでの日本人の労働意識を一気に変えるムーブメントとなっている。
リクルート時代に「From A」「タウンワーク」「とらばーゆ」求人情報媒体の全国統括編集長を勤めた、株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役兼ツナグ働き方研究所所長の平賀充記氏が執筆した『アルバイトが辞めない職場の作り方』(上林時久氏との共著、クロスメディア・マーケティング刊)は、特にサービス業界においてアルバイトの辞めない職場作りに欠かせない、コミュニケーションの方法や採用のあり方について伝授する一冊だ。
平賀氏のインタビュー前編に続くこの後編では、「辞められ店長」を変える方法、本部の人事がすぐに出来ることなど、実践的な内容を語ってもらった。
(新刊JP編集部)
■「Indeed Japanの日本上陸に、白旗をあげました」
――本書の冒頭で「アルバイトが辞めない職場作りは、今、最も重要な経営課題なのです」と書かれています。これが、平賀さんのメッセージの肝になる部分ではないかと思うのですが。
平賀:そうですね。実際、アルバイトが辞める原因は、職場の人間関係がほとんどです。
そして職場の人間関係を築くベースは、店長のコミュニケーション力やマネジメント力にあると思います。だからといってアルバイトが辞める理由がすべて店長のせいだと言いたいわけではなく。むしろ店長をマネジメントする本部人事が、その責任を担うべきなんです。
例えば100店舗のチェーン店があるとして、その中でアルバイトが辞めないお店はある程度決まっています。それは優秀な店長がいるお店なんです。その優秀な店長が他のお店に異動すると、かなり大変な環境のお店であっても、アルバイトは辞めなくなります。それは逆も同じです。イケてない店長の場合、どの店に行ってもアルバイトが辞めていってしまうようになります。
そうなってしまう状況を招くのは、店長の属人的能力頼みになっている経営サイドにも責任があるということを指摘したいのです。んです。
――店長に自律と成長を促しても、ブラックな環境で追い詰められて働いているとそこまで頭はまわりませんからね。
平賀:業績責任を負うことが第一義になりがちな店長に、スタッフに目配りせよと言っても、その余裕がなく非常に難しい。店長受難の時代なんです。ただ、スタッフのケアをしないと最初に言ったようにバケツの穴はふさがりません。
――では、どのように改善に着手すべきでしょうか?
平賀:まずは面接のスキルアップからでしょう。実はアルバイターさんがすぐに辞めてしまう理由の多くがリアリティショックによるものです。「面接で聞いていた話と違う」というか、入ってみて現実と違ったということですね。だから面接のクオリティは定着に極めて重要。面接の時点でその人がすぐ辞めるかどうかは、決まっているといってもいい。
面接時間はなるべく長く持つほうがいいでしょう。忙しい店長は15分くらい話して見極めた時点で面接を終了しがちです。その時間では仕事の説明をきちんとするのは難しい。仕事内容や職場についてじっくり伝えて、ここで働こうかなという動機づけをすべきです。
――面接ってどうしても良い話をしてしまいがちですが、会社のネガティブな側面をどれだけ伝えるべきでしょうか?
平賀:良いことばかり並べるのはもちろん良くないですね。忙しさや、ハウスルールについてはきちんと事実を伝えるべきです。
ある居酒屋チェーンでは、初出勤までの間に1日2時間くらい取ってもらって、仕事内容を詳細に説明し、それで納得してもらった人にだけ入社してもらうんだそうです。このひと手間のおかげで、辞める人はほぼいないという状況を作り上げています
傾向として、ゆとりさとり世代は、何か言われても腹落ちしないとあまり動かないんです。ちゃんと説明をして、こういうための仕事だよと伝えると真面目に取り組んでくれます。そういった意味からも、手間をかけるべきでしょうね。
――「OJTという名のぶっつけ本番は、バイトが辞める元凶」とはっきり書かれているのは痛快でした。
平賀:そうです。OJTって、もともとは座学だけでは身につかない部分を実戦で取り組んで成長するという意味で使われていました。それが今はいきなり実戦投入の意味合いに変わってきています。これは働くほうからすると厳しいですよね。
――そういう意味で、本書に書かれているスターバックスの「現場に出る前に80時間の座学時間を設ける」という方法は目立ちます。
平賀:仮に時給1000円だとすると、80時間で8万円の給料が支給されます。まだ戦力になっていないのに。しかしこれは経済合理性にも合っています。今、一人採用するのに10万円の費用がかかると言われていますから、これで定着してもらえたら、その後10万円の費用をかけて新たに人を雇う必要もなくなります。生産性も高まりますし、新人教育の回数も減るので、全体の負担も減りますよね。
――この本では「Special Interview」として、個性的な3社の企業を平賀さんがご紹介しています。それぞれの特徴を教えて下さい。まずはスープストックトーキョーさんです。
平賀:スープストックトーキョーは、飲食業界では非常に珍しいタイプの企業です。長く働くことが当たり前という考え方が前提にないのです。
それはこの会社の成り立ちに起因していて。「スープストックトーキョー」を立ち上げたスマイルズはもともと三菱商事のスピンアウト事業として始まりました。だから「叩き上げで店員から店長になり、独立して自分の店を持つ」という飲食店スタンダードルートを辿っていないんです。
――インタビューを読ませて頂いて、教育体制がしっかり整っている印象がありました。
平賀:そうです。インタビューした人事開発部部長の江澤さんは、まだ30代半ばなんですが、自分がパートナー(アルバイト)から社員になり、店長、エリアマネージャー、新規事業を経験して人事の最高責任者と、スープストックトーキョーの中にあるプロセスを登り詰めてきた方です。だから働いている人すべての気持ちが分かるんです。
彼女を人事の最高責任者に据えることで、社員だけでなくパートナーも含めたすべての従業員を大事にするという姿勢が徹底されているんです。
――続いてはリゴレットなどを運営する株式会社HUGEの社長・新川義弘さんへのインタビューです。「現場ファースト」といった言葉が飛び交うなど、現場を大事にされている印象がありますね。
平賀:新川さんがすごいのは、店長にお店の全権を委ねているということです。運営、メニュー、仕入れ、採用まで、店長にほとんどすべての裁量が与えられています。まさにミニ社長ですね。
そうすると店長のコミットメント度が高まるんです。新川さん自身も、店長さんと密にコミュニケーションを取っていらっしゃるようです。もちろん繁盛している店舗の店長はスター店長として相当な収入を得ることができます。こうしたやりがいを持って働ける環境作りが、とにかく素晴らしい。
――最後の「Indeed Japan」は検索型求人メディアですから、これまでの2社とは少し毛色が違いますよね。
平賀:そうですね。ただ、「Indeed Japan」は今すごい勢いで成長していて、求人界のグーグルと言われています。インターネット上にある求人情報をすべて網羅していこうというスタンスです。。
私自身求人メディアにずっと携わってきたから身に染みて分かっているのですが、素晴らしい求人メディアの第一義は「求人件数がたくさんあること」です。「Indeed Japan」の場合、170万件くらいの求人情報が載っていますが、この数は従来型求人メディアのナンバー1だった「タウンワーク」の70万件とは雲泥の差です。
当時タウンワークの責任者だった私は、このモンスターメディアが日本に上陸したのを見て、心の中で白旗をあげました。ある意味でリクルートを退社することになった一因でもあります(苦笑)。「Indeed Japan」の上陸はそれくらい衝撃的でしたね。
――今はメディアも多様化されていますし、コミュニケーションツールも出てきています。LINEを職場で活用するということも珍しくない昨今で、誰か一人、専門にツールを運用する担当者を置くべきではないかと思うのですが。
平賀:最近はHRテックという言葉も出てきています。ITの活用は、これまでの採用や人事のスキルとはまた違った視点が必要になります。詳しい人を置いて運用していくということも必要になってくると思います。これからますます便利なテクノロジーが開発されると思いますが、何を取り入れるべきか見極める力が求められるでしょうね。
――前半で「ブラック企業」批判からの企業側の変化についてお話をうかがいましたが、実際に経営者のアルバイト・パートに対する見方は変わっているのでしょうか。
平賀:これは二層に分かれているという印象を受けます。アルバイトを大事にする哲学を持つ経営者と、「しょせんバイトでしょ」と思っている経営者。その差が如実に出ているのが最近のブラック企業問題なのだと思います。
アルバイトを大事にする哲学を持っている会社は、アルバイトから就職して、コアメンバー、ひいては幹部社員になっていったりします。飲食業やサービス業は、新卒採用が難しいのですし、新卒社員の離職率も2年で約半分という業界。アルバイターさんを大事にすることがどれほど重要なことか、ぜひ本書で感じていただきたいですね。
――本書をどのような人に読んでほしいですか?
平賀:アルバイトが辞めてしまう職場の多くは店長さんのコミュニケーション、マネジメントに問題があります。ただ、その問題を店長自身だけで解決することはできません。なぜなら彼らは、膨大な業務量の中で追いつめられています。だから本部の人事責任者や経営者に本書を読んでいただき、「辞められ店長」をどのように育成していけばいいのか、その気付きをご提供したいと思っています。
――これは会社一丸となって取り組むべき問題ですね。
平賀:そうなんです。「働き方改革」と言われていますが、それを乱暴に記号化してしまって「時短」みたいな話になるけれど、本質的には「時短」が働き方改革ではありません。
いろんなコンディションによって違うはずで、自社の「働き方」はどうあるべきなのか。そこを全社で一丸となって考えていくことを実践される企業が、結局は強いんですね。
(了)
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