芸能人にしても、経営者にしても、「二世」には何かと「親の七光り」という言葉がつきまとう。こうした世間からの冷やかな視線をはねのけ、「●●の子ども」という看板の力を借りずに、その世界でのし上がっていく人がいる一方、プレッシャーや誘惑に押し潰され姿を消す人も少なくない。
特に企業経営の世界には「初代が創業して二代目で傾き三代目が潰す」という言葉があるほど、親の事業を継いで発展させていくのは難しいことなのだ。
『先代を超える「2代目社長」の101のルール』(明日香出版社/刊)の著者である長井正樹さんはこの例えでいうと「三代目」だが、事業承継の「苦しさ」を存分に味わいながらも、見事に事業を発展させている。長井さんがこの体験で味わった、事業承継の「苦しみ」と「喜び」はどんなことだったのだろうか。今回はインタビューの前編をお送りする。
――まずは本書の執筆経緯を教えていただけますか。
長井: 2011年の年末、父をがんで亡くしました。私が父から会社を継いで10年ほど経って、ようやく「本当の意味で事業承継を終えた」と思えるようになった矢先のことです。そんなとき、とある異業種勉強会から、事業承継について話してほしいとオファーをいただいたことが執筆の直接のきっかけです。
それは参加者が30名ほどの勉強会で、上は70代の「先代」社長、下は40代の「二代目(あるいは三代目)」社長に向け、自分の体験を30分ほどかけてお話させていただいたのですが、
「先代」の世代の方からは「息子がなぜ自分に反抗的なのかが分かった」、「二代目(あるいは三代目)」からは「親父がどんな思いでいるのか、少しだけ分かった」といった感想をいただきました。
そして、その勉強会が開かれてから半年も経たないうちに、その場に参加されていた何名もの先代がパタパタッと会社をお子さんに譲られたんです。
――それだけ長井さんの体験談が、参加者の心に刺さったということでしょうか。
長井:そうだったのかもしれません。その後も、知人経由で事業承継に関する講演を頼まれたり、「こんな後継者がいるから相談に乗ってあげてほしい」とお声がけいただりといった機会が増えていきました。そういうなかで、「自分の体験談を必要としている人は多いのかもしれない」と思うようになっていったんです。
ただ、私の本業はあくまで社長業。いつもそういったことばかりしているわけにもいきません。そこで、ここ3年ほどの間、自分が話してきたことを書籍にまとめておきたいと思ったというわけです。
――今、「事業承継の相談に乗る」というお話が出ましたが、そのような相談に数多く乗ってきた実感として、本書では「父親との関係性に悩みを持つ後継者が少なくない」と書かれていますね。父親との関係を良くしたいと思いながらもきっかけをつかめずにいる後継者には、どのようにアドバイスされているのですか。
長井:いつもお伝えしているのは二点です。
まず、父親側の視点でこれまでの出来事を振り返ってみること。息子が生まれたとき、息子が自分の会社に入ったとき、父親はたいてい、うれしく思っているものです。
でも、こうして意識的に振り返らないかぎり、子は父のそうした思いを忘れてしまいがち。逆に言うと、それを思い出すことができれば、自分が子どものころ父親に対して持っていた感情……尊敬や憧れといったものも自然と思い出せるのではないか、というお話をします。
次にお伝えするのは、人生には必ず終わりがあるということ。自分は父親とどういう形で終わりを迎えたいのか。それをイメージしてみてくださいというお話もしますね。
――なぜ、その二点をお話されるんですか?
長井:後継者は、この二点をじっくり考えることで「自分は“望まれて”生まれた人間なんだ」と思い出すことができ、「父親の人生がいつ終わっても後悔のないよう、何かチャレンジしなきゃ」と思えるようになるケースが多いからです。そうなれば、父親に「ちょっと話したいことがある」「一回呑みに行こう」と声をかけたくなる。もちろん、そうなったからといって、すぐに父親との関係が良くなるというわけではないのですが、良い方向には向かっていくと思うんですよ。
私自身、子どものころからずっと父と不仲で「分かり合えるわけないんだから、このままでいいや」と諦めていた時期が長かった。でも、ある時期を境に「和解したい」と思えるようになってからは、確実に関係が良い方向に向かっていったという実感があります。
――長井さんの場合は、どのようにお父様と和解されたのですか。
長井:父が肝臓がんになり余命宣告を受けたことがきっかけでした。会社の古参のスタッフが働きかけてくれたこともあり、あるとき父から初めて私への感謝の気持ちをつづった手紙が届いたんです。その手紙を読み、「ようやく合格サインが出た…」と思え、いがみ合っていた数十年間でできた溝が一瞬にして埋まりました。
それまでの自分は必要以上に父への対抗心が強く「親父を越えなきゃ」といった思いにとらわれていました。でも和解した瞬間、親子というより対等な大人同士として分かり合えたような感覚を味わったんです。こうして「自分は会社を継いだんだ」と心の底から思えるようになりました。
(後編へ続く)
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