フランス・パリで起きた同時多発テロから4日が経ち、実行犯や事件の経過など、徐々に全体像が見えてきつつある。
今回の事件で犯行声明を出したIS(イスラム国)は、以前からローマやロンドン、ワシントンといった欧米の主要都市をテロの標的として指定している。今年1月に起きた「シャルリ・エブド襲撃事件」以降、パリでは警備が強化されていたなかで今回のテロが行われたことを考えると、ISが挙げている各都市についても、何が起きてもおかしくないと心得ておくべきだろう。
しかし、ここ1年のイスラム過激派によるテロ事件を見て、こんな疑問を抱く人も多いのではないだろうか?
「なぜフランスがここまで狙われるのか?」
もちろん、テロはフランスだけで起きているわけではない。しかし、前述のシャルリ・エブドの事件と、同日に起きたユダヤ系スーパーマーケットでの人質事件に加え、6月には南東部リヨンのガス工場へのテロ攻撃が、8月にはアムステルダム発パリ行の高速列車内での銃乱射事件が起こっている。パキスタンやアフガニスタン、イラクといった国を除けば、フランスは圧倒的にイスラム過激派のテロリストに狙われているのだ。
2014年9月、ISの報道官であるアブ・モハメド・アドナニはネット上に投稿した声明で同組織への空爆に参加する欧米各国の市民を殺害するよう呼びかけた。その際にも「特に薄汚いフランス人」と強調しているのは注目に値する。
しかし、スペインの日刊紙「El Pais」によると、IS支配地域への空爆の95%はアメリカ主導でありフランス主導の空爆は4%にすぎない。シリアでの空爆参加も2015年9月からと遅く(イラクでの空爆は2014年9月から実施)、この状況でフランスが特別に敵視されるのはいささか不自然ではある。
「El Pais」誌は「Por que el Estado Islamico odia a Francia(なぜイスラム国はフランスを憎悪するのか)」というタイトルで、欧米各国でフランスがテロに遭いやすい理由を検証している。
それによれば、フランス国内の識者の共通意見として、フランスがISをはじめとするイスラム過激派とは正反対の価値観を守り続けていることが、彼らの憎悪につながっているというものがあるようだ。
フランス社会党の政治家・ジャック・ラング氏は「ISは我々の価値観を攻撃しようとしている。我々とはフランスだけではなく民主主義、寛容、人間性といった18世紀の啓蒙時代に培われたヨーロッパ的価値観を持つすべての国を指す。それらの価値観は彼らの全体主義的なビジョンと対極にあるものだ。彼らは西洋のすべてを攻撃するが、中でもフランスはシリアでの軍事活動に参加しているだけでなく、1789年の革命の場所という点で、この価値観を象徴する場所だ」としている。
別の専門家は「特に世俗主義(政教分離)が挙げられるが、フランス人の共和制への愛着はイスラム原理主義と正反対のものだ」として、宗教思想の相いれなさがフランスへの憎悪につながっている面を指摘している。
一方で、フランスは国内に500万人近いムスリムがいる、ヨーロッパ随一のムスリム大国である。今回のテロ攻撃には、同国に住むムスリムたちに「社会統合の問題を抱えるフランスで暮らす価値はない」というメッセージを伝える意味合いがあるとする意見もある。
そしてフランスが、イギリスとともに「サイクス・ピコ協定」を作成した当事者だということも忘れてはいけない点だろう。オスマン帝国の領土分割をめぐる秘密協定によって定められた人口の国境線の打破はISが目指すところでもあり、この点でもフランスの印象は悪いのかもしれない。
「サイクス・ピコ協定」が締結された経緯や、ISの台頭までの経緯、そして欧米とイスラム過激派との攻防史は、『イスラーム国』(集英社インターナショナル/刊)に詳しい。その他にも、直近では『なぜ? どうして?? 世界を騒がす仰天ニュース「イスラム」ココがわからない!!』(すばる舎/刊)、『イスラム聖戦テロの脅威 日本はジハード主義と闘えるのか』(講談社/刊)など、ISをはじめとするイスラム過激派についての書籍が数多く出版されている。
2015年も終盤だが、IS関連書籍の多さを見ても、ここまでイスラム過激派が注目された年はかつてなかった。彼らが世界のありようを揺るがし始めている今、彼らの苛烈さの根本にある思想について、書籍を通じて知っておくべきかもしれない。
(新刊JP編集部/山田洋介)
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