天安門事件が起きたのは1989年のこと。学生たちが発端となった民主化運動を政府側が武力で弾圧し、多くの犠牲者を生んだあの事件から25年以上が経ったが、現在の中国でも共産党が政権を握っている。
しかし、これから取り上げる一冊の本は、その中国共産党を“手玉にとった”日本人を主人公としている。激しく動く時代の中で、その男はどのように中国のマフィアたちと交渉し、ビジネスを成功させてきたのか。
『大班 世界最大のマフィア・中国共産党を手玉にとった日本人』(集英社/刊)は、元経済誌記者にして香港在住の作家、加藤鉱氏が四半世紀にわたる取材にもとづいて著したノンフィクション・ノベルだ。舞台は、1988年から2015年にかけての中国。「昼間は官僚、夜はマフィアのボス」という2つの顔を使い分け、実業界を牛耳る中国人エリートたちと手を組み、ビジネスを成功させていく千住樹が主人公である。
千住は中国人たちから「大班(タイパン)」と呼ばれている。中国では、悪事にかぎらず何かプロジェクトを成し遂げようとするとき、幇(パン)と呼ばれるチームを組むならわしがあり、大班とはその幇のボスを指す呼称だ。つまり中国人たちから一目置かれる存在というわけである。
小学生のとき「将来の夢は?」と尋ねられれば、「アイデアマンになりたい」と答えるような子どもだった千住。高校の体育祭では「ちょっとした悪知恵」を働かせ、1日でコーラを20万円分売って周囲を驚かせるほど、商才に長けていた。
大学進学もして前途洋々かに思えたが、すぐに父をガンで亡くし多額の借金を背負うことに。そして、流されるように職を転々とし、30代半ばという若さながら広東省でOA機器部品専門メーカーの現地法人のトップとして働きはじめる。
■中国人と組んで闇商売… 信頼関係を作り上げる方法とは?
そんな千住は、部品専門メーカーで働きはじめて間もなく手がけたあるビジネスがきっかけで、祝郵便局長という共産党員と接触する。実は千住は、当局に盗聴されると「マズい」ことになる人たちがストレスなく海外電話をできるよう、会社の施設を使って違法電話ビジネスを展開していた。そして祝は「悪知恵の働く人物」として彼に目をつけたのだ。
祝との関係を深めていく千住は、ついには彼の自宅に招かれるほどになる。中国人は心から打ち解けると相手を必ず自宅に呼ぶ習慣があるのだ。そして、李宁(リーニン)という中国マフィアを紹介され、本格的に地下ビジネスに手を染めるようになる。
中国人と心の底から信頼できる関係を築くことは難しい。しかも、一緒に地下ビジネスを始められるほどの仲となれば…。しかし、千住は、祝と蜜月関係を築くためにあることをしたのだ。
「(前略)人生でもっとも大切なのは『食うこと』と『笑うこと』ではないでしょうか。旨い食い物と笑いが絶えないところに人は自然と集まってくるものなのです。これは万国共通の法則で、会社をうまく運営するための二大要素なのだと考えています」(P35より引用)
つまり、食べ物で祝を“手なずけた”のである。料理の腕前がかなりのものだった千住は、祝だけでなく祝の夫人にも料理を振る舞う。相手の家に入り浸り、料理を食べる仲になれば、信頼関係はそう簡単には崩れない。
■現地で生き残るために必要不可欠なパートナー
この関係は千住が「地下ビジネス」を手がけるときのみならず、様々な局面で恩恵をもたらす。
例えば、人事権を持たされた中国人が、「結婚しても苗字を変えない」という風習を悪用して、自分の家族や親族を、身分を隠して入社させ、日本企業を乗っ取ることがある。
あるとき千住は、勤務先である部品専門メーカーの社内に異変を察知。帳簿、組織図、全従業員の履歴書を片っぱしからチェックし、その会社が乗っ取られかけていることに気づく。日本企業を乗っ取る際の悪質な幇の手口を祝から入念にレクチャーされていたおかげで、この危機を脱することができたのだ。
外国でビジネスを成功させるには、その国特有の文化や価値観を知る必要があるが、競争の場でもある以上、本当のことまで教えてくれる人はそういない。この『大班』で千住が実践している関係の築き方は海外でビジネスを行う人にとって参考になるはずだ。
「あとがき」によれば、加藤氏は長年中国人と付き合うなかで「中国人には3種類の人種(台湾人、香港人、大陸人)がいること」に気づき、特に大陸人のメンタリティは日本人にとって理解しがたいという思いが募っていったという。だが1990年代のある年の秋、千住のモデルとなる人物と出会ったことで、「中国人の心をわしづかみにし、なおかつ畏敬の念を抱かせる日本人」がいたことに驚き、取材を開始。本作執筆に至ったと書いている。
中国激動の25年の裏側を、一人の日本人を通して抉りきった本作。読み終わったとき、あなたが持っている中国や中国人への印象は大きく変わっているかもしれない。そのくらい奥深く描かれている一冊だ。
(新刊JP編集部)
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