現在公開中の映画『GAMBA ガンバと仲間たち』は、1972年にアリス館牧新社から出版され、現在は岩波書店から刊行されている日本の児童文学の金字塔『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』が原作だ。そして、10月21日には、オーディオブック版『冒険者たち』がオーディオブック配信サービス「FeBe」で配信開始した。ガンバたちの冒険を「音」で楽しむことができる。子どもの頃に慣れ親しんでいる「読み聞かせ」を通して、ガンバの世界を体験できる。
当時福音館書店で児童文学の編集に携わっていた斎藤惇夫さんは“二足のわらじ”を履いて、『グリックの冒険』『冒険者たち』『ガンバとカワウソの冒険』の3作を執筆。アニメ化もされ、子どもたちから熱烈な支持を受けた。
今回、新刊JP編集部は斎藤惇夫さんにインタビューを行い、「子どもと読書」をテーマにお話をうかがった。最終回となる後編のトピックは“「読み聞かせ」が結ぶ子どもと読書”だ。
(金井元貴/新刊JP編集部、取材場所=コミュニケーションプラザ ドットDNP)
■今こそ「読み聞かせ」を! 児童文学と子どもの距離
――福音館書店の編集者として児童文学に長く携わられてきた斎藤さんですが、その中で子どもたちの本の読み方に変化はあったと思いますか?
斎藤:昔も物語を読む子どもは多くなかったと思いますよ。ただ、「読みました!」と言っても、キャラクターと自己同一化して、隅から隅まで楽しんで興奮をして読んだという子どもたちが比較的少なくなってきていると思います。いわば、本を読むことが休憩時間になっている状態ですね。
――休憩時間ですか。
斎藤:そうです。休み時間として読んでいる。でも読書って本当にのめり込めば疲れるものですよね。今の子どもたちは塾や部活などで時間が取れず、たくさんのメディアがあってそこに付きっきりになっている状況です。そこで休憩を求めて読書をしても、本気になって入り込めない。そういう本は読んでも忘れがちになりますよ。だから、彼らが大人になったとき、昔読んだ本が心の中でカムバックするということは少なくなるのではないかと思います。
――子どもと本の接点というと、「読み聞かせ」は非常に重要なことだと思います。斎藤さんは読み聞かせの力をどのように考えていますか?
斎藤:実は教会の日曜学校で読み聞かせをしています。30人くらいの子どもたちが集まるのですが、じっくり物語に入り込んで、時には身を乗り出して聞く子どももいます。私が読んでいるのは世界中の昔話ですが、そういった姿を見ると、一体誰が「子どもたちは活字や物語から離れている」と言うのだろうと思うこともあります。また、身内がフリースクールを運営していまして、そこでも1ヶ月に1回、読み聞かせをしています。先月は宮沢賢治の作品を読みましたが、子どもたちは賢治の世界に入り込んでいました。
子どもたちの周囲に物語を読んでくれる人がいれば、自然と文学が好きになると思います。ただ、少しずつ読み聞かせの文化は広まってきていると思うけれど、海外と比べるとまだ定着しているとはいえませんね。
――10月21日にはオーディオブック版『冒険者たち』が配信開始しましたが、オーディオブックというメディアについてはいかがでしょうか。
斎藤:私の大好きな日本の作家であり、児童文学の編集者の先輩にいぬいとみこさんという方がいらっしゃいます。『木かげの家の小人たち』という日本ファンタジーの古典作品を書かれていて、岩波少年文庫の編集もなさっていました。
そのいぬいさんは目が不自由になってしまったとき、テープに録音した物語を聴いて楽しんだそうです。これはオーディオブックの基本ですよね。オーディオで聴いて楽しむことができるというのは素敵な文化だなと思いました。
――斎藤さんは「読み聞かせ」を楽しんだご経験はありますか?
斎藤:もちろんです。幼い頃に祖母から読んでもらった昔話、小学校1、2年生の頃までは母親がグリムを中心に読んでくれました。また、私の小学校の担任の先生もよく本を読んで下さる方で、宮沢賢治や『ドリトル先生』シリーズ、ケストナーなどの世界に触れました。ところがね、その先生は長い作品になると第1章しか読んでくれないんです。そうすると続きが気になる。悔しいので図書室からその本を借りて続きを読むわけです。
そうして本の世界にどっぷり浸かった私たちでしたが、『シートン動物記』や『ファーブル昆虫記』に夢中になった友人は京都大学に行って動物学者になったり、『ドリトル先生』に夢中になった友人はアフリカに行ってドリトル先生の真似をしたりしていました。私みたいに子どもの本を作る立場になっていった人もいます。もう私たちも後期高齢者ですが、驚くべきことに、クラス会で先生が何の本のどの部分を読んでくださったのかみんな覚えているんですよ。そのくらい大きな経験でした。
――その担任の先生はなぜ読み聞かせを大切にしたのでしょうか。
斎藤:私の担任の先生は戦時中に「綴方教育」という運動をやっていたんですね。子どもたちに、実際に目で見ている世界を見た通りに書かせる。そうすると、新潟県は農業国で貧しい人も多いので、働いても働いても貧しいままだと子どもたちが書いてしまうんです。そのせいで、先生はアカだとレッテルを貼られ、治安維持法に引っ掛かって結婚初夜に逮捕されました。
戦後、治安維持法が解除されたとき、自分たちの教育方針で唯一間違えていたことは、まだ歴史という感覚も持っていなければ、世界がどんなに広いかも知らない、世界にはたくさんの人たちがいることも知らない子どもたちに対して、目に見たものだけで文章を書かせるということは、すごく狭い教育であったと先生は気付きます。その前にやるべきことは、子どもたちに本を読んであげること。世界各国の優れた物語をいっぱい読んであげることで、子どもたちは広い世界を知ることができる。そう考えて私たちに読みまくってくれたんです。だから私は本を読んでもらうことが授業の内容だったと思っていました。
――素晴らしい考え方だと思います。毎回授業で異なる文化に触れることができるわけですからね。
斎藤:楽しかったですよ。結局その頃先生に読んでいただいた作品が、一番面白いと思っています。『ドリトル先生』なんかは「イギリスには動物と言葉が交わせる人間がいたんだ!」って思いましたから。
――では、斎藤さんが影響を受けた本を3冊、ご紹介いただけないでしょうか。
斎藤:日本の昔話やグリム、神話などの祖母や母親が語ってくれた作品は大きな影響を受けています。そういった口承文学ではなく、創作としては宮沢賢治作品。それと、ケネス・グレアムの『たのしい川べ』、トールキンの『ホビットの冒険』でしょうか。もちろん、『ガンバ』を読んでいただくと、ケストナーの『エーミールと探偵たち』などに影響を受けていることが分かると思いますが、その3作ですかね。
今、小学校に呼ばれて、小学5、6年生向けに話をすることがあるのですが、授業が終わるときに「お前たち、これで卒業できると思ったら大間違いだぞ。この15冊を読んでいないやつは卒業生として認めない」と言って、本のリストを渡すんです。すると、2月から3月にかけてその授業で遊んだ子どもたちから「全部読みました!」という葉書がくるんですよ。50、60通くらいですかね。それで私はパソコンで卒業証書を作りまして、子どもたちに手紙を添えて返事をするんです。ただ、子どもたちから手紙が来る時に、私が作ったリストの本の順番を自分が面白かった順に並べ替えて送ってくるんですよ(笑)
―それはなんだか希望が持てるお話ですね。
斎藤:そうですね、希望が持てますね。
(了)
■斎藤惇夫さんプロフィール
1940年新潟市生まれ、小学1年より高校卒業まで長岡ですごす。立教大学法学部卒業、福音館書店で長年子どもの本の編集にたずさわる。
著作に『グリックの冒険』(児童文学者協会新人賞)、『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』(国際児童年特別アンデルセン賞優良作品)『ガンバとカワウソの冒険』(野間児童文芸賞、以上岩波書店)、『子どもと子どもの本に捧げた生涯 講演録 瀬田貞二先生について』(キッズメイト)などがある。
■オーディオブック版『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』オフィシャルページ
http://www.febe.jp/documents/special/gamba/
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