先行き不透明な時代。ビジネスパーソンは日々、はっきりした「正解」のない問題に取り組まなくてはなりません。優柔不断になったり、迷いやためらいで仕事がはかどらなくなったりすることも少なくないでしょう。しかし、「本当に十分に考えたの?」と聞きたくなるほど迅速に判断を下し、しかもその判断が間違っていない、という人物もいます。いったい何が違うのでしょうか。
それは、考える上での前提条件、すなわち「思考の軸」に秘密があるようです。『「思考軸」をつくれ――あの人が「瞬時の判断」を誤らない理由』(出口治明/著、英治出版/刊)では、日本生命勤務を経て60歳でライフネット生命保険を設立した著者が、長年のビジネス経験と膨大な量の読書から培ってきた「思考軸」の実例とその有用性が示されています。
出口氏は起業の決断をほとんど迷うことなく,直感で決めたと語っています。もちろん、著者の言う直感とは根拠のない「ただの勘」ではなく、それまでの様々な経験に基づいて、脳がフル回転した結果として自然に見えるもの、ということです。そこに余計な欲や計算が絡むと、かえって迷い、判断の目が曇ってしまいかねない。そのため、むしろ直感の方が信頼できると述べています。
判断を要する場面に出くわした際、最初の直感ではAという選択肢が正しいと思ったものの、さまざまな情報や利害が絡めば絡むほど迷いが生じ、最後には折衷案のような形でBという選択肢を選んでしまう。そして後に、やっぱりAにするべきだった、と思う。このようなことを経験したことのある人は多いのではないでしょうか。
とはいえ、自分の直感をそこまで信じてよいのでしょうか。言い換えれば、そこまで信じられるほどの直感力を磨くには、どうすればいいのでしょう。そこで鍵となるのが、思考する上での前提条件、「思考軸」です。それが確立されていれば、どんな出来事に際してもブレずに判断できる、と出口氏は言います。本書では以下の5つの「軸」を挙げています。
1.人間は動物である
2.人間はそれほど賢くない
3.人生は「イエス・ノーゲーム」
4.すべてのものは「トレードオフ」
5.「おおぜいの人」を「長い間」だますことはできない
詳しい内容については本書を読んでいただくとして、いずれも一見、哲学の命題のような、歴史の法則のような響きがあります。出口氏の長年の経験と、古今東西の書籍からの教えを踏まえて培われたものですから当然かもしれません。
普遍的な「軸」を持つために重要なのは、大量のインプットだと出口氏は述べています。大量のインプットがあってこそ、良質のアウトプットが生まれる、と。単純ながら、その過程でこそ、自分なりの「思考軸」は磨かれるのだといいます。
逆に言えば、インプットの努力を怠り、手近な「正解」を求めるような姿勢では、いつまで経っても「軸」はできず、迷い続け、ブレ続けてしまうということでしょう。穏やかな語り口でありながら、本書はとても厳しい事実を突きつけてくる本でもあります。
冒頭に記したように、先行きが見えづらく、変化の激しい今日、「思考軸」はあらゆるビジネスパーソンにとって重要なものだといえそうです。特にそれが求められるのは、リーダーやマネジャーなど、組織内でさまざまな判断を下す立場にいる人でしょう。
出口氏はリーダーというものを「わからないことを決められる人」と述べています。正解のない問いに対して、得られる情報に限りがあるなかで、大局的な見地から判断を下さなくてはなりません。そんな難しい課題に取り組む人たちに対して、本書はひたむきな努力を求めるとともに、誰もが努力次第で確たる「軸」を持ち、優れたリーダーになれるのだと示しています。
日々なんらかの判断に直面するビジネスパーソンにとって、良いメンターのような存在となり得る一冊と言えるでしょう。
(新刊JP編集部)
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