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医者が問いかける「健康より大切なものはなんですか?」

 2014年9月15日の敬老の日、日本の高齢者人口(65歳以上)は25.9%にのぼり、過去最高を記録、さらに8人に1人が75歳以上であることが、総務省統計局より発表された。「長寿」はもはや世界に誇る日本の文化であるようにも見える。

 しかし、数字上では世界一の「長寿」であっても、それは幸せにつながっているのか?
 「○○は健康にいい」とか、「××は体に害だ」とか、「△△は健康に悪い」など、「本当なのか?」と疑う時間もないくらい次々と健康にまつわるコンテンツが繰り出され、踊らされている。健康欲は際限のなく膨らみ、程度を知らない。怪しい健康法に大金をつぎ込んでしまう人もいる。
 誰もが「健康でありたい」と思っている。多くの人が「長生きしたい」と考えている。だが、世界一の長寿国を達成した今、これ以上何を望むというのか?

 武蔵国分寺公園クリニックの院長である名郷直樹氏が執筆した『「健康第一」は間違っている』(筑摩書房/刊)は、そんな問いかけからはじまり、「健康」「長生き」ということを議論の俎上に乗せ、データを用いながら医療のあり方を問い直していく一冊となっている。

■“長寿が幸福とイコールではない”
 これだけの長寿大国になっても、いまだに満足できない。より健康に、より長寿に。
 こんなデータがある。内閣府が行った幸福度調査によれば、日本は幸福度が15歳にピークを迎え、その後はほぼ低下傾向にある。一方、幸福度を判断する際に重視する項目として、真っ先に挙がるのが「健康」だ。
 医療の先端をいく日本に住む日本人は「健康」を手に入れ、世界一の長寿国となった。…はずなのにどうして幸福度は下がるのだろうか。さらに、厚生労働省が提供するデータを見ると医療費は年々膨らんでいる。
 名郷氏はこうしたデータを重く受け止め、臨床医として日々患者と接する中で切実な問題として向き合うようにしているという。

■「個別の物語」ではなくデータと照らし合わせて考える
 名郷氏は二人の患者の例を出す。もちろん架空の存在だが、実際によく出会うタイプの患者であるという。
 いずれも80代の男性で、検診をきっかけに肺がんが見つかった。Aさんは積極的に治療を受け、Bさんは一切の検査と治療を受けず経過を追うという、対照的な選択をした。
 どちらも日常生活に不自由はなく、がん発見時には何の症状もなかった。Aさんは放射線治療を選択し、腫瘍はほぼ消失したが、放射線の影響から肺炎を併発。呼吸困難が強くなりベッド上での生活になった。それから、ほぼ寝たきり状態になり、その後亡くなった。
 一方Bさんは肺がんの疑いありと診断されたが「もう十分生きました。このまま放っておきたいと思います」と言い、経過を追うだけになった。それから3年後も、元気に外来通院し、以前とほぼ変わらない生活を送っている。直径2センチメートルほどだった腫瘍と思われる陰影は今では5センチメートル以上になっているが特に症状はないという。

 名郷氏はこの2人のケースを通して、「どちらが正しい生き方か」ということは分からないと言う。その人の歴史があり、その人なりの事情もある。その一生は個別かけがえのないものであり、一般化することはできない。
 しかし、あくまで名郷氏は一般的なデータと照らし合わせて、考えることを試みる。
 例えば男性の場合、80歳から90歳になるまでに70%の人が亡くなるというデータがある。がんを克服したとしても、心疾患や肺炎、脳卒中で亡くなることもある。さらにそれを乗り越えて、老衰が待っている。
 AさんとBさんは「がんへの対応が命運を分けた」と見なすこともできるが、必ずしもそれだけではない。Bさんはがんを放置して3年以上元気に暮らしているが、がんと関係なく、例えば心筋梗塞で亡くなるということも珍しいことではない。

■致死率100%の現実をどう捉え直すか
 個別の物語に引っ張られると、バイアスがかかってしまい、一般化することはかなり難しくなる。
 人間は必ず死ぬ。そういう意味では、「生きていること」そのものが致死率100%である。その現実を、何のバイアスもかけず、そこで何が起きているのか観察し、分析する。それが、名郷氏が『「健康第一」は間違っている』で試みていることだ。

 本書には「健康第一をやめれば健康になれる」とかそういう俗物的なことは一切書かれていない。名郷氏はEBM(evidence-based medicine)=根拠に基づいた医療についての著作もあり、臨床研究を読み解く力を重要視している。
 本書はそうした臨床的な視点から、「健康」を問い直すきっかけを作ってくれる。

 健康より大切なものないのか。
 予防や治療によって損なわれているものは何か。
 豊富なデータと具体的な例(高血圧や乳がん検診、認知症など)などを通し、ラディカルな医療論を展開する、真摯に医療と向き合った一冊だ。
(新刊JP編集部)

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