野球といえば、日本の国民的のスポーツの一つ。
野球が本場・アメリカから伝わったのは明治時代のことで、その普及に一役買ったのが俳人の正岡子規だ。現在使われている「打者」や「飛球」といった野球用語を、英語から訳したのも子規だと言われている。
そんな子規が夏目漱石とバッテリーを組み、野球チームを結成したら…?
『子規と漱石のプレイボール』(長尾誠夫/著、ぴあ/刊)は、野球と文学を重ねた話題のベースボール・ミステリ小説である。
時は1894年。郷里の松山に戻った子規が清(高浜虚子)と野球をしていると、ひょんなことから、ホーレス・ウィルソンをはじめとしたアメリカ軍野球チームと試合をすることになる。
それに乗ってきたのが金之助(夏目漱石)だった。“意外と野球ができる”金之助は、子規とバッテリーを組むことを決める。子規が投手で、金之助が捕手だ。さらに子規は古くからの友人である秋山好古・真之兄弟を誘い、これでメンバーは5人。一方、金之助が紹介した残りのメンバーは松山の中学生のヘンテコな教師陣で、子規は彼らにあだ名をつける。狸校長、赤シャツ、うらなり、野だいこ。それにもう一人、マドンナである。
そして、伊予民報の記者・大森のおせっかいともいえる策略(?)によって、野球チーム「伊予ピープルズ」がここに結成。子規たちと米軍野球チームの試合は新聞の力で松山中、ひいては日本中の注目を浴びることになる。また、子規たちに支給されたユニフォームには、なんと企業の広告がついており、伊予民報のなんと商魂のたくましいこと…。
しかし、野球に関してはずぶの素人が多い「伊予ピープルズ」。米軍野球チームとの試合の前に何試合か強化試合が組まれるのだが、うまく勝ち抜くことができない。
さらに子規はある疑念を抱いていた。なぜあの中学校たちの教師はこの野球チームに参加しているのか? ということだ。金之助が何か企んでいるのでは? 大森は一体何を考えているのか? あの教師たちに聞けば、「込み入った事情で」野球チームに参加していると言う。
そして、遠征試合先の大阪で子規はある決定的な出来事に出くわす。
部屋の中に、紙切れでくるんだ石のつぶてが投げ込まれていたのだが、その紙には、アメリカのワシントンタイムズの記者ピーター・モリスによる「気をつけろ、君のチームの何者かが試合に負けるように仕向けている。詳しくは今度話す」という警告が書かれていたのだ。
このモリス記者の真意とは一体? 子規たち「伊予ピープルズ」は米軍野球チームに勝つことができるのか? そして、中学教師たちの正体とは?
前半部分の穏やかな流れとは打ってかわって、本作の後半は読みどころがぎっしり詰まっていて、一行も目を離せない展開の早さが魅力的だ。そして、数々の謎がクライマックスに向かうなかで解決されていき、ある意味で“衝撃的”ともいえるエンディングへと行き着くのである。
野球を主軸にしたストーリーになっているが、野球や当時の時代をあまり知らない人も大いに楽しむことができる、もちろん夏目漱石の小説や秋山兄弟のこと、さらには子規の著作を読んでいれば、「これは、あのエピソードに通じるのでは」と気づくことも出てくるはず。
本作を特徴づける、生き生きとしたタッチの表紙を描いたのは、『魔女の宅急便』や『崖の上のポニョ』で作画監督を務めたスタジオジブリの近藤勝也さんだ。この近藤さんの挿絵がもっと見たかったというのは、私の読後に感じたわがままだろうか。
野球と文学とミステリが交差するところに生まれる、摩訶不思議なエンターテインメント小説。生き生きと野球をする彼らの世界に飛び込みたくなる小説だ。
(新刊JP編集部)
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