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主人公は「超記憶症候群」の犯罪者?!

世界が記憶であふれる前に

 「○○年〇月〇日」と聞いただけで、その日に起きた出来事を今まさに起きているかのように鮮明に思い出せる。一度見ただけで、難解な医学書を丸暗記できる。岡本貴也さんによる本書『世界が記憶であふれる前に』の主人公・ナノは、そんな羨ましい能力を持つ。しかし、それは「超記憶症候群」という病だった。

 見たもの、聞いたこと、触れたもの、そのときの感情も、ナノは8歳の夏からすべて憶えている。人間は覚醒しているだけで視覚・聴覚・触覚などの情報を脳に送り続けているが、ナノの場合、一度記憶したものは二度と消えない。ナノが眩暈や貧血のような症状に頻繁に襲われるのは、「脳の容量が限界に近い」ことを示していた。

「超記憶」の使い道は完全犯罪?!

 本書は「東から」「南で」「北に」「西へ」の4話で構成されている。東京から始まり、香港、マカオ、東京、広島、兵庫......と場所を変えながらダイナミックに物語は進んでいく。

 序盤から、ナノの行動に驚かされた。東大医学部なら解決策を見いだせると思い三年半在籍したが、「超記憶症候群」が治る見込みはないと諦め、退学してしまう。さらに、バイト先の高級スーパーで客のクレジットカード番号を見て記憶し、犯罪に利用する。将来への希望はなく、「超記憶」を駆使して完全犯罪を仕掛けるナノ。

 誰か、ナノの犯罪を止めて彼女をまっとうな道に引っ張ってくれないかと思うが、ナノの相棒として登場する25歳の宅配ドライバー・ソライは、ナノが仕組んだ計画に巻き込まれ、全預金を盗まれてしまう。警察すらお手上げの完全犯罪かと思われたが、ソライはナノの犯行をつきとめる。ナノはソライに、金を返す代わりに警察に自分の居場所を明かさないよう約束させ、盗んだ金を移してある香港へ二人は旅立つ。

ナノとソライのその後が未知数

 ナノは、ふとしたきっかけで「記憶の洪水」にのまれてしまう。記憶の中に閉じ込められ、意識が現実に帰ってこない時間が徐々に延びている。そのうち食事もできず、糞尿を垂れ流したまま、ミイラのようになって死んでいくと不安になる。だから人を好きにならないし、人に好かれないようにと決めていた。しかし、警察から逃亡し、数々のピンチを切り抜けた二人の関係は、加害者と被害者から思いを寄せ合う男女へと変化していく――。

 前半は、犯罪者が逃亡する緊迫感、国を越えて騒動を巻き起こすスケールの大きさを感じた。後半は一転して、完全に二人の恋愛が占めていた。しかし、そもそもナノは犯罪者。恋愛に走る前に裁きを受けるべきでは? と思ってしまう。読者が物語の続きを自由に想像できるようにするためか、いくつもの疑問を残す終わり方だったが、希望を言えば、エピローグをつけてナノとソライのその後に触れてほしかった。

 岡本貴也さんは、1972年神戸市生まれ。早稲田大学大学院で生物物理学を修了、理学修士。脚本家・演出家。2010年『彼女との上手な別れ方』で作家デビュー。テレビドラマ、映画、演劇、小説と多岐に渡り執筆している。

 本書は、16年に小学館より単行本として刊行されたものに加筆し、文庫化されたもの。

BOOKウォッチ編集部 Yukako)

  • 書名 世界が記憶であふれる前に
  • 監修・編集・著者名岡本 貴也 著
  • 出版社名株式会社小学館
  • 出版年月日2019年1月 9日
  • 定価本体650円+税
  • 判型・ページ数文庫判・304ページ
  • ISBN9784094065930
 

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