キャッシュレス決済が増えてきたとはいえ、年末に向かうこれからの時期は、金の出し入れが増え、詐欺にいっそうの注意が必要になる。警戒しなければならないのは、振り込め詐欺に狙われる高齢者だけではない。特殊詐欺は子どもを装うだけでなく、スキがあるとみれば相手構わずウソを言い立て金をだましとろうとする。
本書『詐欺の帝王』(文藝春秋)は「泣く子も黙る極道取材の第一人者」とされる作家、溝口敦さんが特殊詐欺の創始者ともいえる人物に取材し、裏社会の実態に迫ったもの。その巧妙さを知ると、注意や警戒を数段アップさせなければいけないと実感する。少し前の本だが、大いに参考になる。
オレオレ詐欺などの特殊詐欺が横行する以前は、詐欺といえば個人の犯罪だった。婚活を利用して次々と男性をだました「魔性の女」や、米軍特殊部隊のパイロットを名乗った結婚詐欺師「クヒオ大佐」などはドラマなどにもなり、よく知られている。ところが、特殊詐欺の方は、個人の犯罪ではなく集団によりシステム化されたものであり、犯人の「顔」が見えず関心を集めにくい。また「魔性の女」や「クヒオ大佐」と違って、その狙う相手は金持ちとは限らず、何かの名簿を頼りにした不特定多数で、その多くは自分だけは大丈夫と考えており、それが逆にスキをつくってだまされてしまう。
システムにより行われる特殊詐欺。本書は、それまで、また、それ以降も、ほとんど見えない、その「顔」の一つをとらえた希少の書といえる。著者ならではの作品だろう。裏社会のシノギ(稼ぎ)について取材・調査を進めていたところ「とんでもない人物」に出会ったもの。インタビューは偶然にできたようだが、裏社会をルポしてきたキャリアがあるからこそ得られた機会に違いない。相手の「詐欺の帝王」は「罪滅ぼしの気持ち」があってか、著者に自らが過ごした裏社会の実態を赤裸々に語っている。
「帝王」は、本書によれば、詐欺に関わる事件で逮捕歴も前科もない。「各種詐欺を含むピラミッド組織の頂点に君臨したにもかかわらず、彼の身辺ににじり寄った捜査陣のうち、ベストの捜査でも、その元配下の逮捕で打ち切りになった」という。著者には取材時に「詐欺人生はもういい」と、カタギの仕事を探している旨を明かした。
「帝王」は九州の某県出身で東京六大学の一つに進学し、イベント・サークル(イベサー)で活動。大手広告会社に就職したが、イベサーによる事件への関与を疑われて左遷され、ほどなく退社したという。その後、山口組系で、同組の五代目(渡辺芳則組長)時代に、ヤミ金で勢力を拡大した組織と接点を持ち、そのヤミ金のノウハウを得る。そして、それを換骨奪胎したものが、特殊詐欺という。
振り込め詐欺などの特殊詐欺を報じるニュースのなかには、にわかには信じられないような高額をだまし取られた高齢者や、なぜそんなに何回もと驚くほどの回数にわたって狙われた人の話があったりする。「帝王」や、本書に登場する詐欺師らによると、ヤミ金仕込みの経験で、名簿頼みの行き当たりばったりでも、金脈の手応えを判断できるらしい。
詐欺師らの価値観は、裏社会仕込み。詐欺グループの元リーダーによる振り込め詐欺を正当化する理屈はこうだ。
「年寄りが銀行に預け、タンス預金しているカネは死に金だ。社会に循環していないから死蔵であり、経済的な波及効果がゼロだ。それをわれわれが引き出し、キャバクラなどでパッと使えば、店がうるおい、勤めるホステスやボーイの収入になる。彼女ら彼らはそのカネで生活をまかない、欲しいものを買う。波及効果が出る。そういう意味では、われわれが日本経済を回している。政府に代わって所得の再分配を行っている」
「表社会」に暮らす人たちに詐欺を仕掛ける悪いヤツらとは、価値観などを共有できないことを本書で知れば、注意や警戒のレベルを上げる気にはなるはずだ。
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