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日本人は「哀れな悪魔」・・・死んでも同情しない

アメリカの原爆神話と情報操作

 日本とアメリカでは、原爆投下についての認識が大きく異なると言われている。日本では原爆は多数の一般市民を死傷させた許しがたい行為として批判されているが、アメリカでは正当化され、過半数の国民が今も称賛しているというのだ。

 どうしてそのような「原爆常識」の違いが起きているのか。本書『アメリカの原爆神話と情報操作』(朝日新聞出版)は「アメリカの常識」がいかにして形成されたか、当時の報道などにさかのぼって検証したものだ。そこから浮かび上がってくるのは、副題にあるように「『広島』を歪めたNYタイムズ記者とハーヴァード学長」の存在であり、彼ら二人が世論作りに果たした、途方もなく大きな役割だ。

軍事基地攻撃と民間人無差別殺戮が同列

 「(原爆によって)これから哀れな悪魔が死んでいくことに、憐みや同情を誰が感じるだろうか。真珠湾を思い起こせば、感じるはずはない」

 これは1945年9月9日のニューヨークタイムズの一面の記事だ。筆者はウィリアム・L・ローレンス記者。日本人は「哀れな悪魔」とされている。この記事は当時、ジャーナリズム最高の栄誉とされるピューリッツァー賞を受賞したそうだ。軍事基地攻撃と民間人無差別殺戮を同列に並べるこの記事からはNYタイムズの公正さを感じることはできないと、本書の著者で、広島市立大学国際学部国際学科教授の井上泰浩さんは冷静に指摘している。

 このローレンスという記者は、NYタイムズの科学記者として米国の記者の中でただ一人、原爆製造計画であるマンハッタン計画の全貌を知ることを許されていた。さらに、最初の核実験(トリニティー実験)や、長崎の原爆攻撃をB29から目撃しているという。数多の米国の記者の中から選ばれ、特別待遇を受けて、その「見返り」として米軍やアメリカ政府の原爆についての世論操作を担ったと著者は見る。軍や政府がいくら公式発表で原爆の正当性を主張しても、国民にはどうしても疑念が生じる。それをNYタイムズという客観的で公正だと信頼されていた媒体を通して語らせれば、真実性が増す。

 ローレンスは単に紙面を通じてPR役を担っただけではない。原爆の開発と使用を世界に向けて告げたトルーマン大統領の声明や演説の草稿も書いているという。まさに八面六臂、政府にとっては利用価値の極めて高いありがたい記者だった。

学長がマンハッタン計画の統括責任者

 本書ではもう一人の主役として、ハーヴァード大学学長だったジェイムズ・B・コナントを登場させる。1893年生まれのコナントは毒ガスの専門家。1933年にハーヴァード大学長になって政府に接近、マンハッタン計画の統括責任者になる。本書では「警告なしの人口密集地への原爆攻撃」の提唱者とされている。

 マンハッタン計画と言えば、科学者を統括したオッペンハイマー博士や、軍側の最高責任者グローヴス少将が有名だが、コナントは開発から実戦使用の決定、情報操作にも関わった中心人物だという。

 原爆投下直後は、「戦争が終わった」ということで、是非は余り問題にされなかった。しかし米国内でも、じわじわと批判が出始める。軍事基地を狙ったとされているが、実際には多数の市民が犠牲になっている・・・開発に関わった科学者が投下に反対したという話や、米国の別のジャーナリストによる広島報告、さらにはキリスト教の有力な宗教者の間でも原爆投下の正当性について疑問の声が広がる。

 コナントは焦り、局面の展開に動き出す。彼はまず、第二次世界大戦時の戦争長官として米国民に尊敬されていたヘンリー・スティムソンを引っ張り出し、原爆投下に至るプロセスをまとめた論文を書かせ、雑誌で公表する。コナントの意を受けたゴーストライターによるものだ。

 この中で特に有名なのは、「原爆がアメリカ軍人100万人の命を救った」という話だ。もし日本が徹底抗戦して本土決戦になっていたら、アメリカ人の軍人は100万人を超す「消耗人員」を出していた、それを原爆が未然に防いだという理屈だ。これは今でも原爆投下の有力な理由として、しばしば引用される。

神に託されて慈悲深い行いをした

 本書ではアメリカで語られる「原爆神話」を5つにまとめている。

 (1)事前に警告し軍事基地を破壊した
 (2)その衝撃で日本はすぐに降伏した
 (3)アメリカ人100万人、さらに多くの日本人の命を救った原爆は救世主だ
 (4)アメリカは神に託されて慈悲深い行いをした
 (5)原爆による放射能の影響は(ほとんど)ない

 それぞれについて著者は反論している。「100万人」についてはこうだ。たしかにスティムソンは「100万人」と書いている、ただしそれは「消耗人員」だ、そこには死者だけでなく、負傷者、捕虜なども含まれる、戦死者はそのうちの2割ぐらいのはず。米軍の統合参謀本部による45年6月の予測では死者は4万人にとどまっている...。

 アメリカがなぜ原爆投下に踏み切ったのか、その理由については近年の研究から概ね「定説」があり、それは本書でも紹介されている。しかし、それとは異なる見方がなぜ今もアメリカで力を持っているのか、どのようにその「神話」は作られたのか。NYタイムズやハーヴァード大が深く関与していたという本書の指摘は、日本の大手マスコミや大学人にとっても他人事ではない。政府関係者など日米関係の政治や外交に関わる人、ビジネスマン、これから留学しようと思っている学生らにも本書は参考になる。

 著者は2016年に広島を訪れたオバマ大統領の演説にも触れている。細かな点でトルーマン演説との違いがあり、これまでの米国の公式見解よりも踏み込んでいると評価している。「謝罪がない」ということばかりがクローズアップされたオバマ演説だが、専門家の緻密な分析を読んで、なるほどと思った。

  • 書名 アメリカの原爆神話と情報操作
  • サブタイトル「広島」を歪めたNYタイムズ記者とハーヴァード学長
  • 監修・編集・著者名井上 泰浩 著
  • 出版社名朝日新聞出版
  • 出版年月日2018年6月 8日
  • 定価本体1500円+税
  • 判型・ページ数四六判・272ページ
  • ISBN9784022630728

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