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サムライは合戦でポニーを駆っていた?

武士の日本史

 映画やテレビの時代劇などを通じて、武士や侍のイメージは定着、わたしたちはそれらが歴史上の実際の姿に近いものと考えている。

 ところが本書『武士の日本史』(岩波書店)の著者、高橋昌明さんは、史料から古代の律令制下から各時代の武士の実像に迫り、わたしたちの中にある武士像が、後の近代日本で生まれたと指摘。「侍ジャパン」「サムライブルー」などという呼び名が、歴史上の武士の戦闘とは全く異なるスポーツで使われる違和感にも言及する。

武士はもともと芸能人

 1867年の大政奉還まで、いわゆる「武家政権」は約700年の長きにわたり続いたとされる。身分としての「武士」はなくなったが、その後の富国強兵の精神面の支えとして武士道の重視は続くことになる。近代以降の武士道は果たして、歴史から培われたものなのか。日本中世史研究の大家で神戸大学名誉教授の著者は、本書でまず、武士はもともとは芸能人であると指摘して意表を突く。この見解はすでに学界では定着したものという。

 14世紀初めに完成した、世の中の人々を分類している書物で武士は、琵琶法師など現代と同じ意味での芸能人と同じカテゴリーにあり、武士であることは、芸術と同じく特殊技能で家業にもなった。

 映画やドラマで描かれる合戦ではしばしば、体格豊かなウマにまたがった鎧兜姿の武者が槍や刀を振り回す姿が描かれるが、そうしたシーンは創作だという。これまでの発掘調査によると、武士が騎乗していたウマは体高が130センチ程度の在来馬。著者は「現在148センチ以下はポニーに分類されるので、当時の馬は、すべてポニー。今日の競走馬を見慣れた目には、とにかく貧弱に映るだろう」と述べている。

 そうした小型のウマが重装備の人間を乗せて長い時間動き回ることはできず、騎馬武者らが戦場を駆け回って合戦を展開することは実際にはなかったとみられる。各地の博物館などで、地元の武将らゆかりとされる刀が展示されているが、武器の主力は弓矢だったというから、刀と刀を合わせた大将同士の決戦などは、後の世代の演出か。

近代につくられた「武士道」

 現代の武士のイメージは芸能人とは対極的なものであり、ポニーにまたがりとぼとぼ進むような姿は想像しにくいものだが、そうしたリアルとは異なる武士像は近代以降につくりあげられたという。

 その元になった一つが「日本戦史」。明治22年(1889年)から大正13年(1922年)にかけ、当時の陸軍参謀本部により編さん・刊行事業がすすめられた全13巻の大著だ。戦前の軍国主義への反発から歴史研究者がその研究対象にすることを避けてきたというが、最近まで戦国時代の合戦の叙述は「好むと好まざるとにかかわらず、歴史小説家はもちろん歴史研究家も、これに頼るのが常だった」ものだ。

 著者は同書について研究をすすめ、近代軍隊の目線や基準で戦後戦史が書かれたと結論し、装備や武器だけをその時代に合わせた、「近代の戦からの類推としての架空戦史であろう」と述べる。それらが後に物語として広まり定着していったと考えられるわけだ。

 武士身分が廃されて、それがいったん忘れられてから息を吹き返す。当時の代表的作品が、新渡戸稲造の「武士道」。明治33年(1900年)に米国で出版され、その8年後に日本語に翻訳され出版された。著者は同書について「ヨーロッパの歴史・文学から多く引証しつつ、武士道を解明しているので、西欧と日本の比較文化論であるように見える」と述べ、次のように斬り捨てる。

 「新渡戸の主張する武士道は、片々たる史実や習慣、倫理・道徳の断片をかき集め、脳裏にある『武士』像をふくらませて紡ぎ出した一種の創作である。しかも、戦闘から離れた、もはや武士とは縁の薄い一般道徳化している」

 本書ではまた「侍」がそもそも出生身分のことであり、すべてが武士ではないことを指摘。それを別にしても、公平なルールのもと、整備された施設で行われるスポーツを、武士の戦闘になぞらえたように、サムライの名を冠することを「乱暴なたとえでは」と述べる。

 それはともかく、本書では武士のリアルを歴史をさかのぼり、中世の専門家らしく、武士の成り立ちのなかでしばしば見られる「清和源氏」「桓武平氏」などを詳しく解説するなど、歴史好きにとっては事典的読み物としても蔵書に備えたくなる1冊に違いない。

  • 書名 武士の日本史
  • 監修・編集・著者名高橋 昌明 著
  • 出版社名岩波書店
  • 出版年月日2018年5月23日
  • 定価本体880円+税
  • 判型・ページ数新書・288ページ
  • ISBN9784004317180
 

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