ブラジルの洞窟に棲むノミほどの大きさの昆虫トリカヘチャタテの研究で昨年、イグノーベル賞を受賞した慶応義塾大学の上村佳孝准教授は、昆虫の交尾器の研究者だ。なんとこの昆虫はメスにペニスがあり、オスにはヴァギナのようなものがある。
「いや待て、それならペニスがあるほうをオスと呼べばいいだけなのではないか」と考えたくなる気持ちはわかるが、それは間違い。生物学では「卵(卵子)を作るのがメスで精子をつくるのがオス」と定義されている。
では卵子と精子の違いは何かというと、単に大きさだ。大きい配偶子が卵子で、小さい配偶子が精子なのだ。この珍しい昆虫の研究が「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に与えられるイグノーベル賞に選ばれた。
本書『昆虫の交尾は、味わい深い...。』(岩波書店)はこのイグノーベル賞学者の味わい深い研究が楽しく解説されている。何しろ冒頭ページには、とてもペニスとは思えないほど奇妙奇天烈な形をした昆虫の交尾器の写真が6枚並べられていて、それらがオニヤンマ、オオカマキリ、ミンミンゼミ等々のどの昆虫のペニスかというクイズになっている。そして読み進めていくと、なぜ彼らの交尾器がそんな形になったのかわかってくる。
著者がこの世界に進んだのはハサミムシとの出会いがあったからだ。高校時代にハサミムシの子育てを見てしまったことがきっかけで、ハサミムシの飼育を始めた。これが大学の卒業研究や博士課程の研究に生きてくる。この研究もまた味わい深い。なぜならハサミムシのオスの挿入器は左右2本からなる。調べてみるとほとんどのハサミムシは右利きらしく右の挿入器しか使っていない。ではなぜ2本あるのか。試しにピンセットを使って右挿入器を取ってから観察すると、ハサミムシたちは残った左の挿入器を使い始めたのだ。つまり、ハサミムシは「予備」のペニスを持っていることになる。
この他にも、獰猛な鉤爪がついたショウジョウバエのペニスの謎、メスの交尾器内ではなく体壁に"皮下注射"するように精子を注入するトコジラミなど、昆虫たちの驚くべき交尾方法をわかりやすく説明して少しも飽きさせない。
ユニークなのは研究ばかりではない。交尾中の昆虫の観察プロセスも驚きだ。何しろ交尾中の昆虫を液体窒素で固定する。危険を伴うので著者はしばしばドライアイスで代用したりしてしまうところなど、実にローテクで味わい深い。
楽しく読み進めているうちに、冒頭の写真のように昆虫たちの交尾器が進化したのかもわかってくる。満足して最後のページをめくると、そこには何と"袋とじ"が! 最後まで楽しませる工夫が凝らされたイグノーベル賞級の一冊だった。
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