喫煙者の私は、ことあるごとに友人から「お前、まだ煙草吸ってるのか?」と注意される。この言葉には必ず「健康に悪いのに」という含みがある。それはまったくの善意からの指摘であることは私にもわかるから、いつも反論に窮してしまう。おそらく世の愛煙家は皆、同様の居心地悪さを体験しているはずだ。特に「健康増進法」が制定されて以降、禁煙は"正義"となってしまった。「喫煙習慣=不健康=悪」という構図が一般化し、喫煙者はほぼ無条件に「健康」を軽視する"反モラリスト"の烙印を押されているかのようだ。
この「○○=不健康=悪」の構図で語られる「現代のモラル」は、喫煙だけに及ぶものではない。太りすぎていれば、「もっと痩せないと......」、酔っ払って帰れば、「飲みすぎは毒だぞ」、ジャンクフードを食べようものなら、「栄養バランスを考えないと......」。これら「現代のモラル」をバックグラウンドで支えるのは「健康は善」という思想である。
本書は、こうした風潮に「なぜ私たちは健康でなければならないのか?」と問いかける。一見正しい価値観に思える「健康」という言葉を妄信する前に、もう一度考える材料を、さまざまな角度から提示している。「健康が善で、不健康は悪に決まってる」と思っているなら絶対に本書を読んでみる価値はある。
本書の第7章「(ときには)おっぱいの育児に異議を唱える」は、本書の趣旨をわかりやすく説明している。母乳が子供の健康にとって最良と考えられている米国では、哺乳瓶で育児をする母親は「悪」とする傾向がある。米国保健福祉省は「授乳自覚キャンペーン」なるものを推進さえしたが、本章の著者はこれに待ったをかける。母乳で育てたくても育てられない母親もいるし、そもそも母乳にもリスクがないわけではない。それなのに「おっぱいの育児」は善で、「粉ミルクの育児」は悪と決め付けられてしまう。
本書では論文集なので平易ではない。むしろ難解かもしれない。しかし、喫煙や肥満、哺乳瓶の育児以外にも、出生前診断の是非、精神疾患激増の理由、夫婦間のセックスレス、癌との闘病......など、さまざまな現代のモラルについての論考が紹介されるので、どれか1つくらいは興味が持てる内容があるはずだ。読めば、健康一辺倒の価値観がいかに危ういものかがわかるはずだ。それでもこの本の趣旨を理解できないとしたら、その人は間違いなく「健康病」という病気にかかっていると思っていい。
かつて「テロとの闘い」という掛け声に誰もが疑いもなく賛同したが、今ではそこに新たな被害や犠牲を伴う戦闘が付きまとうことを誰もが知っている。これと同様に「健康のため」というメッセージも疑いようがない思想にみえるが、もう一度自分の頭で考えて判断してみたらどうか。本書は批判を承知で「現代のモラル」にそんな異論を投げかけている。(BOOKウォッチ編集部 スズ)
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