初めに断っておかなくてはならないのは、本書『世界から消えた50の国――1840-1975年』(原書房)は学術書ではないということだ。
歴史を振り返れば、新しい国ができたり、滅んだりを繰り返しているが、本書は専門家がそれらを系統的に精査したものではない。
著者のビョルン・ベルゲ氏はノルウェーの建築家・研究者。1954 年生まれ。建築と建築関連のエコロジーについての記事と著書を多数執筆している。英訳された著書『建材のエコロジーThe Ecology of Building Materials 』は世界各地の大学で教材として用いられているそうだ。
ではなぜ建築家が「消えた国」の本を書いているのか。じつはベルゲ氏は切手愛好家なのだ。ベルゲ氏によれば、郵便切手が1840年に英国で制度化されて以来、「国家」はかならず独自に切手を発行してきた。そうしてベルゲ氏は多数の切手をマニアックに収集し、その中からもはや新たに切手が発行されていない国、すなわち「消えた国」について書き留めたのが本書である。
したがって本書も1840年代からスタートする。両シチリア王国 (1816~60)、ヘリゴランド(1807~90)、 ニューブランズウィック(1784~1867)、コリエンテス(1856~75)などと聞いても、どこの国なのか想像もつかないところが多い。著者はそれぞれの国の物語を数ページずつ綴っていく。
「ラブアン ...... いかがわしい南海の天国でどんちゃん騒ぎの酒宴」「シュレスヴィヒ ...... スカンジナビア主義と軍歌」「デンマーク領西インド諸島 ...... 奴隷島のバーゲン・セール」「ヴァン・ディーメンズ・ランド ...... 流刑地と不気味な切手」「エロベイ、アンノボンおよびコリスコ ...... 反帝国主義と気の弱い宣教師」など、それぞれに意味ありげな見出しを付けながら。
日本の読者にも興味ある国が登場する。まず「満州国」(1932~45)。見出しは「実験国家」。ここで用いられている「実験」とは、「五族協和」の実験ではない。なんと七三一部隊による「実験」が行われた国家という意味だ。「満州第七三一部隊がこの国を実験場にして、化学・生物兵器の開発を進めていた」。関係者は戦後、その情報をアメリカに提供する見返りに戦犯免除になったとし、首謀者の石井四郎中将は1959年に安らかにその生涯を閉じたので、アメリカが七三一部隊から得た知識を応用して、「ベトナム戦争で大成功を収めたのを見ていない」と皮肉る。
もう一つの国は琉球だ。存続年は1945~72年とされている。もちろん本書では、かつて琉球は独立した王国だったが、1879年、日本に併合と記す。しかし日本の無条件降伏の後、アメリカの統治下になり、貨幣はドル、切手も発行、車両も右側通行だったことを強調する。当時発行された琉球切手の写真も掲載されている。
たしかにそのころ、沖縄に行くにはビザが必要だったという話を聞いたことがあるし、沖縄から本土の大学に来る学生は「留学」の扱いだったとも。著者が「消えた国」として扱うのは一理あるかもしれない。
冒頭に記したように、本書は学術書ではなく、いわば趣味的なエッセイだ。参考資料には小説や映画なども含まれている。したがって、史実に忠実とは言えないが、逆にそれが、「消えた国」についても懐かしくも悲しい物語をくっきりと浮かび上がらせている。「満州国」や「琉球」についての記述も、外国人からはそのように見られているのかということを知る意味では新鮮だ。日本自体も、「本土決戦」などに突入しておれば、今ごろどうなっていたか・・・ふと、そんな思いにもとらわれる。
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