睡眠不足に悩まされる日本人。
OECDによる2018年のデータによれば、日本人の睡眠時間は平均7時間22分で主要28国中最下位だった。
睡眠に悩めばパフォーマンスは落ち、生産性も落ちる。
質の良い睡眠をとることができれば、生産性は上がる。
それを経営層が認識し、組織全体で睡眠の改善を進めていくことを提案しているのが、SleepTech(スリープテック)を活用し、組織の睡眠課題の解決に挑むニューロスペースの代表・小林孝徳さんだ。
『ハイパフォーマーの睡眠技術 人生100年時代、人と組織の成長を支える眠りの戦略』(実業之日本社刊)を著した小林さんに、本書の内容に触れながら、個人の睡眠を改善することの重要性についてお話をうかがった。睡眠に悩んでいる人は必読だ。
(新刊JP編集部)
――まず、本書を執筆した動機を教えてください。
小林:この本の中でも書いていますが、OECD(経済協力開発機構)のデータによると、日本は先進国の中で最も睡眠時間が短い国とされています。また、米シンクタンクのランド研究所のデータでは、日本人の睡眠不足による経済損失は15兆円と試算されています。
こうした日本の睡眠を軽視する文化・社会を根本的に変えないといけないと考えていたのが最大の動機ですね。
近年、良い睡眠を取るための方法を書いた本を書店で見かけますが、それらの多くは個人向けのノウハウ本です。それだけではなく、睡眠対策の考え方や価値観をリーダー層の方に変えてほしいというところが、執筆の経緯としてありました。
――では、本書の想定読者はリーダー層ということでしょうか?
小林:人々を束ねる組織のリーダーやマネージャー、会社役員の方々、もっと言えば国に従事する方々や政策をつくる方々に読んでほしいということは頭にありました。もちろん、睡眠のノウハウを知りたいという人も役立つ内容になっていると思います。
――政策をつくる方々にも読んでいただきたいと。
小林:厚生労働省や経済産業省などの働き方改革を推進したり、労働についての制度変革を行っている省庁の方々にも、睡眠の重要性について知っていただき、世の中を根本から変えていく必要があると考えています。
――確かにこの本を読むと、個々が睡眠を改善するために工夫するだけでなく、組織がトップダウンで睡眠を大事にする文化や制度を採り入れることも必要だと感じました。
小林:そうです。睡眠の問題は一人で解決できるものではありません。社会や文化にも左右されるので、いくら個人にとって最適な睡眠のソリューションを提案しても、その人の生活やその人を取り巻く環境や文化も変わらなければ難しい面があります。睡眠時間もそうですし、朝型夜型といったクロノタイプもそれぞれ違います。
組織や会社、もっといえば国家として睡眠を尊重することが、個々人の睡眠改善につながる。みんなで解決していくということがこの本の重要なコンセプトになっています。
――小林さんも実際に睡眠に悩まれた経験があり、それがニューロスペースを起業するきっかけになったそうですね。
小林:はい。私も10年くらい前は睡眠に支障が出るほど働いていました。昔の文化が残っていて、上司よりも早く帰ってはいけないという社風もありましたし、睡眠を改善したいのにできないという環境がありましたね。そしてメンタルをやられてしまって。
そこで感じた、正当に眠る権利を言えるような社会であったらいいのに、という思いは起業のきっかけの一つになりました。
――忙しい時は睡眠時間をまず削減しようと考える人は少なくありません。そこで、睡眠を疎かにしてはいけない理由について教えてください。
小林:私は睡眠の意義について2つの軸で考えます。
1つ目は個人の軸ですが、これは病気の予防などの健康状態もそうですし、メンタル面においても重要です。集中力の持続や、思考力、記憶力においても睡眠不足は悪い影響を与えます。さらに睡眠を疎かにするとストレス耐性が弱くなるということも分かっています。
2つ目の軸は会社や国といった「組織」です。組織は個人が集まった集合体ですから、個人の健康状態が悪くなれば組織も不健康になります。パフォーマンスを最大化するには、個人が健康でいる必要がありますから、個人に悪影響を及ぼす睡眠の問題は解決すべきだと考えます。
会社を例に言うと、個人の睡眠の改善が組織の貢献につながり、それが売上や利益、さらには資本主義社会の評価指標である時価総額にも反映する。個人の幸せが会社の幸せにとっても重要なファクターなんです。
――睡眠の話で言えば、「一番長生きする睡眠時間は7時間」ですとか、「90分周期で睡眠をしよう」と、形式的に時間で区切って「良い睡眠」と定義されることがあります。でも本書では「適正な睡眠には個人差がある」と書かれていますね。
小林:そうです。客観的な事実として、睡眠も多様です。適正睡眠時間や朝型夜型などのクロノタイプは遺伝子で決まっていますが、個人によって異なります。また、おっしゃった睡眠周期も、90分は平均であって、70分の人もいれば110分の人もいます。実は睡眠周期が70分なのに、90分に合わせてしまうと逆に良い睡眠はとれない。
平均を一般化することはナンセンスです。睡眠はパーソナライズして考える必要があります。そこは睡眠を計測するデバイスを用いて、自分自身の適正な睡眠を把握することから始まるわけです。
――また、1日3、4時間くらいしか眠らなくても平気な「短時間睡眠者」への憧れを口にするビジネスパーソンもいますが、短時間睡眠についてはどのようにお考えですか?
小林:例えば自分の適正な睡眠時間が8時間だとしたときに、短時間睡眠になろうとするのは間違いだと思います。それはできないという事実を知る。そうしないと心身に無理を強いることになります。
――まずは自分の適正な睡眠の形を知ることが大事と。また、会社で「3時間しか寝ていない」という「寝ていないアピール」をたまに聞きますが、そういえば子どもの頃からそうしたアピールを聞いてきたな、と。テスト前になると「俺、昨日、3時間しか寝なかった」とか。勤勉であることの裏返しなのかなと思いますが...。
小林:寝ないで働いたり、寝ないで勉強したりすることが美徳になっているケースはありますよね。成果を最大化するために寝ないで勉強したのにも関わらず、睡眠不足で頭に入っていなかったということであれば問題です。目的を履き違えないことが大事なのだと思います。
事実、睡眠が不足しているときの脳は、お酒を飲んでいる脳の状態よりも悪いというデータがあります。そんな状態で働いていたり、勉強していたりしても、正確な判断はしにくくなりますし、勉強したことも頭に入ってこない。頑張っている自分をただ認めてほしいだけなのではないかとも思います。
ただ、それは一方で頑張っている姿が評価される日本の美的感覚もあるのかもしれませんね。寝ないで頑張っているところに意義がある、侘び寂びのような美しさを見出すという探求心がある。そういう風にも考えられます。
――本書のタイトルは『ハイパフォーマーの睡眠技術』ですが、高いパフォーマンスを発揮するための睡眠の技術としておすすめのものを1つ教えてください。
小林:一つだけ考え方をお伝えしますと、良い睡眠のために寝ている時間だけに注目するのではなく、寝る前の過ごし方、「スリープスキル」も大事にしましょうということです。
安眠のためのマットレスや枕に頼っている人も多いですが、実は家に帰ってから寝るまでの過ごし方、朝の光の浴び方、体温の調整の仕方、そういったところを改善することで、良い睡眠がとれるようになるんです。
この本でも書いている例をあげるとすると、ベッドに入ってからもスマートフォンを見るのをやめましょう。これがなぜ悪いかというと、人間の脳は場所と行為をセットで認識する特徴があります。だから、寝る前にスマホをいじると、「今いる場所は寝る場所ではない」と脳が認識してしまうんです。
――寝る直前までスマートフォンをいじってしまうことはよくあります。
小林:ベッドでは眠ること以外はしないようにする。これはとても重要なことだと思います。
また、この本では書きませんでしたが、ストレス解消のために、寝る前にお酒を飲むというのも控えたほうがいいですね。確かに寝付きはよくなるのですが、睡眠の質が悪くなりますし、胃腸への負担もかかります。
お酒を飲まずに寝たほうが、質の良い睡眠を取ることができますね。睡眠はお酒に優ります。
(後編に続く)
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