秋の味覚の主役といえば「いくら」である。
鮭がいくらのもととなる卵を産むために、かつて自分が生まれた川に戻り上流まで上る「鮭の遡上」はこの時期の風物詩になっている。
ここで鮭の立場になってみよう。様々な生物の死をドラマチックに解説する『生き物の死にざま』(稲垣栄洋著、草思社刊)によると、鮭にとって生まれた川への帰還は「死出の旅」。彼らは繁殖活動と同時に、死ぬために川に戻ってくるのだ。
普段は海で暮らす鮭だが、外敵の多い海に卵をばらまけば、あっという間に他の魚たちの餌食になる。だから鮭は、敵の少ない川に戻って産卵する。
しかし、海は天敵がたくさん。旅は危険に満ちている。どうにか故郷の川を見つけて辿り着いたとしても、本当の困難はここからである。
塩分の少ない川の水に慣れるためにしばらく河口で過ごした鮭たちは、秋が来ると群れになって川に入っていくが、漁師たちがそんな彼らを待ち受けている。飢えた熊からも狙われている。川を上る前に捕まったり食べられたりする鮭は数知れない。
運よく生き延びて、さあ川を遡上しようと思っても、彼らが産卵する上流域が海とスムーズにつながっていたのは昔の話。今は堰やダムなどの人工物が彼らの行く手を遮る。巨大なコンクリートの建造物を乗り越えるために何度もジャンプする鮭たち。しかし、多くはそれが果たせず力尽きてしまう。
そして......ついに、というべきだろう。彼らは故郷である川の上流にたどりつく。迎えてくれるのは、なつかしい川の匂いだ。(P31より引用)
上流に行くほど川は浅くなるため、産卵場所に辿り着くころには川底の石に傷つけられた体はボロボロだ。もはや泳いでいるというよりももがいているという方が近い。そこで鮭のメスは穴を掘って卵を産むと、オスが精子をかける。そしてメスは卵の上に砂利をかけて、産卵床をつくる。
繁殖を終えた鮭には、すでに生涯でやるべきことも、またその体力も残されていない。人生最後の大仕事を終えた彼らは、静かに横たわり、死を待つ。
鮭の死骸は多くの生き物のエサになる。そしてそれを食べた生物の営みによって分解された有機物がエサとなり、鮭の産卵場所にはプランクトンが発生する。これが生まれたばかりの鮭の稚魚の最初の食べ物となる。親鮭は自らの身をもって、子鮭に栄養を与えるのだ。
◇
本書の著者で静岡大学教授の稲垣栄洋さんによると、鮭がなぜ生まれた川を目指すのかも、いつからこういう生き方をするようになったのかもまだわかっていないのだそう。どうにか故郷の川を探り当て、命を賭して川を遡り、繁殖活動をして死ぬ。その体が巡り巡って子どもたちのエサになるという生命のサイクルは神秘に満ちている。
鮭だけではない。本書は、私たちの身近にいる蟻や蝉、あるいは食卓に上ることの多いタコやニワトリも、その死には神秘とドラマが潜んでいることに気づかせてくれるだろう。
(新刊JP編集部)
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